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アイドル情報





 

( ^ω^) ブーンがシリアルキラーになったようです

2ちゃんねる* CM(0) TB(0)


1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 20:29:21.03 ID:55WtWgG70
もしこのスレ立ってたら書く













3 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:32:26.07 ID:55WtWgG70
ブーンがシリアルキラー(連続殺人鬼)になったようです。

プロローグ 「無垢世界」



「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、 俺は真っ直ぐな道を見失い、暗い森に迷い込んでいた。」

     ―――酒鬼薔薇聖斗「懲役十三年」最後の一節より。



「綺麗ね。」

ツンが、僕の握る血まみれのナイフを見てそう呟いた。
ナイフはまだらに透明度の高い、澄んだ赤い血がかかっていて、刃の銀色とも相まって確かに綺麗だった。
月明かりに照らされて鈍く光るナイフの刀身にも、なんとなく風情があるように見えた。

「綺麗ね。」

ツンがもう一度、今度ははっきりと言った。
僕は静かに頷いた。
僕の目の前には死体が転がっている。
ツンが路地裏まで連れてきて、僕が殺した男だ。
くだらないことを期待して、ツンに促されるままに路地裏に入ってきた男の心臓を、寝かせたナイフで一突き。
軽いもんだった。


4 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:34:13.45 ID:55WtWgG70
「私ね、動脈の血って好きよ。だって澄んでいて、薄くて綺麗なんだもの。」

ツンが僕の隣に座って言葉を紡ぐ。
男を連れてきたツンの、死体を見下ろす目には何の感情も篭ってはいない。
僕は彼女の言葉を聞きながらも黙々と作業をこなす。
死体をバラバラにして、物にしていく作業を。
筋肉の筋に合わせて綺麗に肉を削いでいく。
途中、動脈から溢れた血や黄色い油が溢れてくるが、ビニール手袋をしているので気にならない。
血液を送り出す心臓が止まっているため、血管を切っても血が飛び散るなんてことは無いが、やはり溢れてくる人の血を見ていると気分が悪くなる。
血自体はそれほど気持ちの悪いものではないけれど、血と油が混じると、ナイフを肉から放すたびにそれが糸を引いて、気持ち悪い。
そんな事を考えながらも、僕の手は止まる事無く、丁寧に死体を解体していく。
あっと言う間に死体から両手が綺麗に無くなった。


5 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:35:40.29 ID:55WtWgG70
「でも静脈の血は嫌い。色が濃くて、黒ずんでて気持ち悪い。」

彼女は僕によって少しずつ無くなっていく死体の肉を眺めながら言葉を続けた。
僕のナイフを握る腕も手馴れたもので、ナイフが血と油に塗れて切れ味が鈍ってくると、素早く死体の服で刀身を拭う。
刃から血が完全に拭われると、再び僕は作業に戻るべく、死体の腹を十字に割いた。
腹の筋肉を裂くには、かなりの力が必要なため、ナイフを両手で握る。
切り開いた瞬間、むわっとあたりに広がる血臭。
鉄のような、錆びのような臭いも駿河、魚のように生臭い臭いも混じっているような気もする。

「内藤の死体を解体する時の手つきって、すごい好き。まるで機械みたいに、淡々とさばいていくもの。」

僕は彼女に褒められて、少し頬を赤く染める。
それを隠すかのように死体を解体する作業に没頭する。
僕の心情を見抜いたかのように、ツンが小さく笑った。
そして僕はさらに頬を染めるのだった。



7 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:37:40.94 ID:55WtWgG70
何を隠そう、僕が殺した死体をバラバラにするのは、僕のその手つきに見入る彼女の目が、誕生日のプレゼントを待つ子供のように純粋な光を宿しているからだ。
正直この作業は面倒だが、彼女が喜んでくれるなら僕はいくらでも死体をバラバラにする。
僕が頬を染めている間にも、まるでそこだけ僕の意識から独立した器官であるかのように、僕の手は作業を続ける。
開いた腹からこぼれ出てくる腸を綺麗に掻き出すと、僕はさらに死体の首を切り、足もバラバラに解体する。
はらわたが無くなって、腹の中に奇妙なスペースを残す男の姿は、どこか滑稽で僕等の笑いを誘った。
僕とツンの口から自然な笑いが漏れる。
すると、横合いからツンの腕が伸びてきて、男の切り取った頭を腹の中にできた空洞に入れた。

「赤ちゃんみたいね。」

そう言うと、彼女は悪戯っぽい笑顔を見せた。
赤い唇の奥から、雪のように白い歯が除く。
成るほど、確かにこの死体の姿は、胎児を子宮に宿した母親の姿にも見えなくはない。
僕は彼女のそんな悪戯めいた行動に苦笑しつつもナイフについた血を死体の服で拭い、フェルトでできたケースにしまった。



9 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:38:46.70 ID:55WtWgG70

「もう、いいの?」
「あんまり時間をかけると見つかるかもしれないお。」
「それもそうね。次行きましょ、次。」
「一回に一人までだお。あんまり目立つのはよくないお。」
「あら、殺したのは内藤で、私はまだ一人も殺してないわよ?」
「・・・・・・・・・。」
「ここのところ、内藤ばっかりでずるいわ。」

「わかったお。」

ツンのお願いを無下にはできない。
結局、反対して見せても最後に折れるのは僕の方だ。
僕等はどちらとも無く死体を背にして歩き出した。

「寒く・・・なってきたわね・・・。」

ツンが呟いた。
僕とツンの手は自然に繋がれていた。
彼女の、白く色素の薄い手はひんやりとして冷たかったが、僕にはそれが何よりも暖かく感じた。



10 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:39:24.94 ID:55WtWgG70
「ねえ、あれがいいわ。」

暫く深夜の大通りを歩くと、彼女は僕の顔を見ながら路地裏の奥を指差した。
ツンの指の先には、地べたに座り込む一人の男が居た。
路地裏の奥深く、詰まれたダンボールが遮蔽物になっていて、遮蔽物からはみ出す形になっている男の顔と足先しか見えない。
男の虚ろな視線と、断続的に痙攣している足から察するに、ヤク中かヤバい病気の持ち主かのどちらかだろう。

「じゃあ、今度は僕は見てるだけだから、ツンの好きにするといいお。」

僕がそう言うと、こちらを向いていた彼女はにっこりと笑った。
花の咲いたような、可憐な笑みだった。
握った彼女の手から、低いけれど確かな温もりを感じた。
つられて僕も笑った。
幸せだった。




12 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:51:43.15 ID:55WtWgG70
1、生々流転

私はこの世で最も悲しみを知っている者です。

     ―――アンドレイ・チカチーロ
        三人を殺害、墓場から掘り出した死体を死姦した殺人犯。
        上の台詞は公判中の「前は被害者の遺族たちの悲しみを考えた事が無いのか?」という問いに対して。
 

「ただいまだお。」

高校の授業を終えた僕は家の玄関を開けた。
返事はない。
母親はとっくに離婚して、新しい男を作って出て行ったし、
父親は父親で仕事一筋の人間なので、仕事場からこんなに早く帰ってくるはずがない。
広々とした家の中に、僕の声がむなしく響いた。



13 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:54:54.78 ID:55WtWgG70

「・・・・・・・・・・・・。」

僕は静かにリビングへ行くと、テーブルの上に学校の帰りに買って来たコンビニのお握りや弁当を置いた。
その中からお握りを一つ取り出すと、テーブルから少し離れたソファーに、どっと座り込み、リモコンでテレビの電源をつける。
テレビでは三つの小学校に爆弾を仕掛け、27人もの児童が死亡、78人が重傷を負ったというニュースの続報が流れていた。
それによると、容疑者として捕まったのはまだ10歳の女の子で、動機は不明。爆弾の作り方はインターネットで調べて、材料も通信販売で手に入れたのだと言う。
さらに、警察に捕まった女の子が、嬉しそうに自分の作った爆弾の威力を自慢しているところの写真が、とある週刊誌に掲載され、「加害者の人権を守りたい会」と「子供の権利その他諸々保護協会」とかいう市民団体がその週刊誌の編集部を訴えるらしい。
そのニュースが終ると、次のニュースが流れた。
変な市民団体が「添加物反対」とかなんとか、プラカードを掲げながら署名活動をしている。
それにコンビニで買ったばかりと思わしき袋を提げた若者がサインをして、テレビのインタビューに答えていた。
「いや、正直添加物の入ってるものなんて恐くて食べられないっスよ、実際。」
残念、今君が持っているコンビニのおにぎりや弁当の中にも添加物は含まれてるんだよ。
世の中何かがおかしくなってるな。
お握りを食べながら僕はそう思った。


14 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 20:59:06.35 ID:55WtWgG70

コンビニ弁当を食べ終わると、僕は二階の自分の部屋へ向かった。
高校受験を終えて、高校に入ったばかりだと言うのに面倒な宿題などやる気は起きなかったが、先生に怒られるのも嫌なので真面目に宿題に取り組んだ。
宿題が終わって一息つくと、僕は机の引き出しから一本のメスを取り出した。
父親の仕事場から勝手にくすねたものだった。
メスが一本足りない事に気づいた父親は、「医療ミスかもしれない」等と、患者の体内にメスを忘れてしまった可能性に思い至ったらしいが、しばらく思案して、彼はその日は珍しくメスを体内に置き忘れるような大掛かりな手術が無かった事を思い出した。
彼はそれっきり、「どこかで失くしたのだろう」と言って、無くなったメスから興味を失くした。
一瞬でも父親を不安がらせてしまった事に罪悪感を感じたが、メスを返す気にはなれなかった。
僕自身も何故かはわからない。
手先が器用だった僕は、自分で皮製の鞘を作った。
僕はメスを眺め終わると、その鞘に入れて、ごく自然な動作で学校の鞄の中にしまった。
自分でもそれが学校の鞄の中に入れられた事など、全く気づかなかった。
その後、とりあえず特にやる事も無いので、机の上のPCの電源を入れ、PC本体に繋がれたヘッドホンを頭につける。
そしてIEを起動。
だが、やたらと重く、ホームページがなかなか表示されない。



15 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:00:03.41 ID:55WtWgG70
「・・・・・・?」

訝しく思い、URLを見てみると、そこには見たことも無いURLが表示されている。
おかしい、僕のIEのホームページはヤフーに設定してあるはずだ。
ウイルス?スパイウェア?ホームページのURLが書き換えられてる?
瞬間的に僕の脳内を様々な思考が駆け巡る。
IEのツール、インターネットオプションからホームページの設定を変える。
そこにはやはり見慣れないURL。僕は眉をひそめながらも、ヤフーのURLを打ち込む。
「OK」をクリックして、設定を確定させると、IEの上の方にある、家のマークをクリック。ホームを更新しようとする。
が、その瞬間、突如メディアプレイヤーで動画が再生された。拡張子はmpg。
どうやら、書き換えられたホームのURLから無理矢理再生させられたらしい。
ウイルスやブラクラページではなかった事に安堵しつつも、なんだか気持ちが悪いのでメディアプレイヤーを閉じようとする。
しかし、僕がメディアプレイヤーを閉じる前に、その動画は再生された。



16 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:01:11.60 ID:55WtWgG70

「なんだ・・・これ・・・。」

かろうじて、言葉が出た。
メディアプレイヤーで再生されたのは、どこかの廃ビルの中のような場所の映像だった。
昼間に撮影されたらしく、恐怖系のものでも無い、かと言って、グロでもなさそうだ。
何の変哲も無い、ただ屋内を撮っただけの動画。
PCに繋がれたヘッドホンからは何かの電子音のような、奇妙な音が流れ始めた。
しかし僕の手は動かない。手だけではない。僕の目も、PCのモニターを、再生された動画を食い入るように見つめている。
どうやらこの廃ビルは、元は病院だったらしく、あちこちに機材が転がっている。
その動画の中に、一瞬、まったく関係ない絵が混じったような気がした。
本当に一瞬だったため、何の絵かはよくわからない。
そんなことを考えていると、再び動画の中に別の画像が混じった。

「・・・・・・・・・・・・?」

それ以降も、動画の中には関係の無い絵や画像が混じり始めた。
最初は、フィルムのコマの中で一コマだけ貼りかえられたかのように一瞬しか映らなかったそれらは、動画が進むにつれて長い時間、頻繁に映るようになっていった。


17 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:01:39.32 ID:55WtWgG70
瑞々しいスイカの画像。そして次にはそのスイカがバラバラに割られている画像。かと思ったら次には誰かの耳の画像。そして幾何学的な印象のある、人のような奇妙な絵。
ヘッドホンから流れる電子音にも奇妙なものが混じり始めた。
何かをこするようなノイズ音だったり、某RPGゲームのレベルが上がったときに流れる効果音、踏み切りの音、壁を叩くような音。
他にも色々な音や画像が流れていたが、判別できないものが大多数だった。
終盤にもなると、動画に割り込んでくる画像が映る方が、廃ビルの中の映像よりも多くなっていった。
画像は、既に絵だとか画像だとか呼べるようなものではなくなっていた。
ただ、白い紙の上に絵の具を垂らしただけ、というような、輪郭もハッキリしていない原色系の色が幾つも並んだ物ばかりになっていた。
それが何枚も、何枚も目まぐるしく表示されていくのだ。
その途中に映る廃ビルの映像が、今ではノイズのように思える。
ヘッドホンからは十秒ほど前から耳鳴りのような音が流れてきている。
音は少しずつ大きくなる。
うるさい。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさ――――



18 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:04:46.47 ID:55WtWgG70
気がついたらそこに立っていた。
どこかの立体駐車場の中、目の前には怯えきった男が一人。
多分十代後半くらい。大の大人だというのに顔を鼻水と涙と涎に汗、ともかく考え付く限りの体液を出して表情全体で恐怖を訴えかけている。
きめぇ。
汚かったのでその顔をナイフで袈裟切りに切りつける。浅い。
だが、その深く無い傷に男は短くギャッ、と叫ぶと両手で顔を押さえて転げまわる。
いや、男に両手で抑える事はできなかった。男の右腕には、手首から先が存在していない。
手首の断面を反射的に自分の顔に落ち着けた男は、手首の断面から伝わる激痛に、さらに顔を歪める。
そして、顔の筋肉を歪めれば歪めるほど、顔からの出血は酷くなる。
顔を抑えて地を転がる男の顔に何かが当たる。
先ほど切り取られた右手だ。
骨がなかなか切れなかったので、手首を一周するように肉を切手から、骨に切り込みを入れて無理やり折った。
少しずつ腕が無くなっていくのがどんな感覚なのか、聞いてみたのだが男は呻くばかりで何も答えなかった。
右手が完全に男から離れたとき、再び男に聞いてみたのだが、男は失神していた。
仕方が無いので無理やり蹴り起こして今に至るというわけだ。
最初は元気よく呻いていた男も、だんだんと動かなくなってくる。
退屈だ。


19 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:05:12.10 ID:55WtWgG70
もういい、殺してしまおう。
再び僕が男の前でナイフを振り上げるが、男は命乞いをする事は無い。
すでに命乞いなら右手を切り落とす前にしつこく叫び続け、効果が無いことを悟ったからだ。
変わりに男の口元が小さく動き続けている。
祈りでもしているのかと思い、注意深く聞いてみた。
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる絶対いつか殺してやる、覚えとけ覚えとけ殺してやる。
男はそう呟き続けていた。
痛みで頭がおかしくなっているのだろうか。
ここで僕に殺されるこの男が、どうやって僕を殺すというのか。
可哀想に、心が壊れてしまったらしい。
僕はそのまま男の後ろ首を掴むと、後頭部に逆手に構えたナイフを振り下ろした。
ナイフの先は男の延髄を破壊。
男の口が動かなくなった。
絶命した。






21 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:08:34.68 ID:55WtWgG70

「 ――――――・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目が覚めた。
冬だというのに体中にびっしりと汗をかいていた。
どうやらPCをやっている途中で眠ってしまったらしい。
不思議な事に、昨日の夜にPCで何をやっていたかよく覚えていない。
まるで靄がかかったかのように、そこだけ記憶が曖昧になっていた。
だが、夢の事だけはしっかりと覚えている。
僕の全身を嫌な汗が伝う。
やけに生々しい夢だった。今でもこの手に肉を裂く感触が残っているようだ。
しかし、何故か夢の中に出てきた男の顔だけは不明瞭で、よく思い出せなかった。
気分が悪いのを無理やり押さえつけるように、PC用のデスクにもたれ掛かっている体を勢いよく起こして部屋を出る。
一階のリビングの窓から外を眺める。快晴だった。時刻は七時。
トーストを焼いて、目玉焼きとインスタントの味噌汁を作り、ゆっくり咀嚼していく。
夢の事を思い出して吐きそうになるが、胃が内容物を吐き出すよりも早く、トーストを咀嚼、嚥下して喉の奥へと押し込んでいく。
胃に朝食を詰めるとリビングから出て、再び玄関の前を横切る。
すると、丁度父が父の勤める総合病院へと出勤するところだった。
それなりに大きな病院の院長である父の朝は、結構早い。
今日は珍しく父にしては遅い出勤。


22 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:31:22.23 ID:55WtWgG70
目が合うと、父が口を開いた。

「顔色が悪いな。」

はじめ、僕はそれが誰の声なのか分からなかった。
ただ単純に、僕が父の声を一ヶ月近く聞いていなかったからだ。
昔はよく会話もした。
だが数日あまり会話を交わさない日があり、それ以来あまり顔をあわせないこともあり、どうも話しかけにくくなってしまった。
父も僕に話しかけるのが久しぶりだと言う事に思い至ったのか、何とも言えない微妙な表情を作った。

「疲れが溜まってるのか?陸上はやめたんじゃないのか?」
「部活はもう何もやって無いお。ちょっと色々あって疲れてるだけだお。」
「そうか。」

父は暫く何かを考えた後、再び口を開いた。

「大学のことも考えると、さすがに部活動をしていないというのはまずいな。勉強に支障が出ない範囲で、適当な部活動をやっておきなさい。」


23 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:31:50.03 ID:55WtWgG70
「わかったお。」

僕が返事を返すと、父は「それじゃあ、行ってくる。」とだけ短く言って、玄関から出ていった。
僕はそれからしばらくして、学校へ行く準備を整えてから家を出た。
そのときの僕は、まさかそれが僕の見る最後の父の姿になるとは思いもよらなかった。

「いってきます」

父に続いて、僕も家を出る。
行って来ます、と言ってみても返事は無い。
母親が居ない今となっては当然なのだが、習慣化した行為は早々簡単にはやめられない。
僕は家から出ると、玄関のドアを閉めて鍵をかける。
父は夜遅くまで帰ってくることは無い。
従って、帰ってきて真っ先に鍵を開けるのは僕になる。
僕より先に誰かが帰ってきていて、鍵は開いていて、家に入ると「おかえり」という言葉がかけられる。
そんなことはもう僕の身には起こりえないのだ。
カチリ、とカギを閉める音が響く。
このカギを帰ってきたときには開けなければ行けない。
カギを開ける音を聞くのは、とても憂鬱だ。


28 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:42:24.36 ID:55WtWgG70

「やあ、内藤。」

学校の自転車置き場で、ダイヤル式の自転車のチェーンをタイヤに通している僕に、クラスメートのショボが声をかけてきた。

「ショボ、おいすー^^」

僕も当たり障りのない挨拶を返す。

「昨日の『稲沢探検隊・VIPの奥地に50年引きこもり続ける幻のニートを探せ!』見たかい?」
「見たお。ショボに薦められるまで見てなかったけどマジおもすれー。」

昨日のテレビ番組が僕等の間で話題に上る。
探検隊の稲沢隊長がその『幻のニート』だった、とかいう変なオチの番組だった。
何かを探し出す事。
人生において目標があるのはいい事だ。



私立VIP神山高校。
僕の通う高校の名前だ。


29 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:43:01.29 ID:55WtWgG70
父親の病院を継ぐために、僕は将来、医学部に入らなければならない。
僕には特に夢もないし、父親の強い期待もあって、必死で勉強してこの高校に入った。
偏差値の随分高いエリート高、というイメージがあったが、この高校で出会った友達は、僕の地元の中学校に居た連中と対して変わらなかった。
僕はショボと話しながらも廊下を歩き、1-Cと書かれた教室に入る。

「よ、内藤じゃん。」
「おいすー^^」

教室に入ると、中のいい友達の何人かが、僕の机の周りに集まってきた。
僕等は大抵、朝のホームルームが始まるまで、誰か一人の机の周りに集まって談笑する。

「なあ内藤、昨日見た?」
「見たおwwww」
「稲沢隊長マジワロスwwwww」
「は?稲沢?何それ?」
「稲沢探検隊。見てないのかお?」
「何おまえ等、ショボも内藤もそんなの見てんの?Nステだよ、Nステ。」
「は?昨日のNステ、レンジ出てんじゃん。マジ最悪だし。」
「あ?荒巻、てめーふざけんな。レンジ馬鹿にしたらマジゆるさねーぞ。」
「うはwwwレンジファンかおwwwww」
「レンジファン、(´・ω・`)ぶちころすぞ。」
「何?お前等、アンチ?レンジの事パクリとかいってる人種?マジ死ねよだし。」
「人種てwwwwwwwww」
「ギコ、レンジ信者かよwwwwwきめえwwwww」



30 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:43:24.78 ID:55WtWgG70

話題は昨日の野球の試合の事だったり、テレビ番組の事だったり、漫画の事だったり、一貫性は無い。


「内藤、そういえばこの前、清水に会ったが、お前に会えなくて寂しがってたよ。」
「そういえば、高校に入ってからあんまり会う機会が無かったお。」

ショボが唐突に言ったその言葉に、僕は思い出したように返事を返した。
清水と言うのは僕の中学の後輩で、去年から付き合いだした子だ。
僕と同じ陸上部だったので、帰る時間が重なって、よく談笑したり、寄り道でファーストフードを食べたりしている内に、自然と親しくなっていき、気がついたら付き合うようになっていた。
今でも携帯で話したり、メールのやりとりをしているのだが、僕が高校に入って自然と会う機会が少なくなり、なんとなく疎遠になっていた。

「・・・邪魔。教室の真ん中で馬鹿笑いしてないで。」

考え事の途中で、周りに適当に相槌を打って笑っていた僕に、冷たい声がかかった。
声のかかった方向へと顔を向けると、そこに僕へとキツイ視線を向ける少女が居た。
同じ中学から進学してきた、ツンだ。
気が強く、クラスの女子のリーダーみたいな存在になってる。
彼女の鋭い視線に戸惑った僕は、あわてて自分と周囲を見渡す。
見れば、彼女の机へと向かう道を、僕の体が塞いでいた。
僕の椅子にはショボが座っている。自然、僕は立つ事になった。



31 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:43:48.98 ID:55WtWgG70


「ヘラヘラ笑ってないで、早くどいて。」
「この顔は生まれつきだお。」

僕は彼女に少しばかりの反抗心を篭めて言い返すが、途端に睨まれて口をつぐむ。
大人しく彼女の机への道から退くと、彼女がさっさと通り過ぎていってしまった。

「相変わらず、仲が悪いね。」

ショボが呆れたように言った。

「向こうが突っかかって来るんだお。っていうかなんでおまい、人の椅子に座ってるんだお。」
「そこに椅子があるからさ。」

ショボは軽く肩をすくめてみせる。
僕がツンの机に視線を向けると、ツンも僕の方を見ていた。
ツンの視線が、睨むように厳しい物へと変わる。
僕の臓腑の底の方に冷たいものが走った。
僕はツンが苦手だった。
特に、じぃっと、刺すような視線で睨まれると、居心地が悪くて仕方が無かった。


32 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:44:21.23 ID:55WtWgG70
そもそも、ツンにはじめてあった時の一番最初の会話、というかツンの対応がよろしくなかった。
中学二年生の一学期が始まって二ヶ月ほど経った頃、ツンは親の都合で僕の通っていた中学に転校してきた。
その頃、僕は受験に有利になるだろうという打算から、クラス委員をやっていた。
他に誰も立候補者が居らず、明るく、クラスでも目立っていた僕は、すんなりとクラス委員になれた。
もちろん、転校してきたばかりの彼女に僕は声をかけた。

「分からない事があったら、遠慮なく聞いてくれるといいお」

だが、帰ってきたのは全くの無言だった。
ツンは僕をじぃっと睨みながら、口を閉じていた。
それから僕が何を話しかけても無視された。
僕は唖然としていたが、ツンの方はそ知らぬ顔だった。

別にそれでどうしたと言うわけでもない。
最初のうちは、ツンのその行動で少し空気が悪くなったが、時が経つにつれツンはクラスになじんでいったし、
僕も、面と向かって「ヘラヘラ笑わないで」等といわれることもあったが、話しかければ多少のリアクションは返してもらえるようになった。


33 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:44:46.76 ID:55WtWgG70
当然、僕はツンに対して苦手意識を抱いたし、ツンの方も僕を嫌っているように見えた。

「おーい。席つけ、ガキども。」

担任の赤城先生が入ってきた。
女の人には珍しい長身で、まるで男のような言葉遣いの先生だ。
女子達の間では人気があるらしい。

「ホームルームはじめるぞー、日直、早く礼しろー。」

僕の椅子の周りに集まっていたクラスメート達があわてて自分たちの席に戻っていく。

「日直ー?今日の日直誰だー?早く朝礼の掛け声しろよ。」

先生の声に苛立ちがこもり始める。
先生は、見かけから分かるとおり、怒ると怖い。
怒らせてはならない。それが僕等の間での共通認識だった。
まったく、今日の日直は誰なのだろうか。
先生の八つ当たりが他の人間にまで飛び火したらどうしてくれるのか。
迷惑な奴だ。
だが、そこで周囲の視線が僕に集まっていることに気づく。
僕は思わず黒板を見た。
黒板の「日直」と書かれた欄には書かれた名前は「内藤ホライゾン」。
僕だった。



35 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:45:47.68 ID:55WtWgG70
先生が僕に怒鳴り始めた。
今日も僕の日常は平和だった。


それが、どこで歯車が狂ってしまったのだろうか。

「・・・・・・・・・・・・。」

僕は一瞬、自分が何をしたのか分からなかった。
目の前には、首にできた傷から血を流す少女。
そして僕の手に握られているのはメス。直線刀だ。
一体何がおきたのか分からない。
僕はこれまでの自分の行動を頭の中で必死に整理する。
僕の手に握られているのは、机の引き出しの中にしまっていたナイフだ。
何故これを今僕が持っているのかはわからない。
そして、目の前で首から血を流しているのは一切年下で、去年から付き合ってた清水小夜だ。
「先輩って、何時も笑ってて可愛いですよね。」
そう言って僕に笑いかけてくれた。
笑うと頬に笑窪ができて、とても可愛いと思っていた。とても自然に笑う、大好きな子だった。
僕が高校に進学して、自然と会う機会が少なくなったのだけれど、今日偶然にも高校からの帰り道で出会ったのだった。


36 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:46:11.57 ID:55WtWgG70
それから僕は彼女と一緒に喫茶店に入って・・・
それから・・・
それから僕は彼女を送っていこうとして、その途中に何か冗談を言ったような気がする。
それで、首をのけぞらせて可笑しそうに笑う彼女の、白く、綺麗な首筋を見て僕は反射的に―――

―――彼女の首をかき切った。

切られた勢いで彼女は倒れこむと、二、三度彼女は口を、金魚のようにパクパクと動かした。
口の開閉に合わせて、喉の傷も動いた。
そこから空気が漏れてしまって、上手く呼吸できないのだろう。
血も勢いよく出ている。
かすかに回転しながら倒れた彼女の首から出た血は、運良く僕にはかからなかった。
混乱した頭の中で、自分に返り血が突かなかった事を単純に喜んだ。
彼女も混乱しているのだろう、青い顔をしながら、僕に事情の説明を求めるような表情を向けた。
僕は恐くなって一も二も無くその場から駆け出した。
彼女の青い顔だけが頭の中に浮かんでいた。




37 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:46:33.12 ID:55WtWgG70

家に帰った僕は自室で呆然としていた。
何もかもが夢だったのではないかとさえ思った。
未だに自分が起こした行動が理解できていなかった。
彼女のあの白い喉を見た瞬間、自然な、自然すぎる動作で僕の手は動いていた。
彼女の首を掻き切る事が、それをすることがとても自然で当たり前の事だと思った。
そこに理由を求めても答えは出ない。
全くの無意識でとった行動なのだから。
本当に夢だったのではないだろうか。
ここではないどこか異世界での全くの他人事のようにさえ思えた。
しかし、皮の鞘から出された、血のこびりついたメスがあれは夢ではなかったのだと告げる。
メスの刀身に付着した彼女の血は、既に固まっている。

――あの出血量だ。彼女はもう助からない。
―――警察が来るかもしれない。どうしよう・・・。
――――僕は殺人犯になってしまった。面倒だ・・・。
―――――もう彼女の笑う顔が見れないな・・・・・・。

頭の中を色々な考えが高速で駆け巡る。
わけも分からないまま、手足の先が震えた。

「・・・・・・・・・・・・。」

だが、警察や未来への恐怖はあっても、不思議と彼女を殺した事への後悔はなかった。
そして、未だに僕は彼女を殺すのが、とても自然な事だったと思っていた。
僕はそのまま眠りについた。
現実からの逃避だった。



39 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 21:54:54.14 ID:55WtWgG70

あの帰り道、夕日が傾いている中で、彼女が笑っていた。
僕の腕は丁度振り切られた姿勢で止まっていた。
彼女の首には傷が入っていて、顔は青白いまま。
なのに何故か傷口だけは妙に生々しくて、傷口から赤色の肉と、ピンクがかった綺麗な骨が見えた。
僕はなんだか可笑しくなって笑った。
彼女も笑った。
「ははは」
どちらとも無く笑った。
笑った表紙に、切れ込みの入っていた彼女の首がぼとりと落ちた。
それを見て僕も首だけの彼女もいっそう笑い声を大きくした。
なんだかよく分からないけれど妙に楽しかった。
この時間が永遠に続けばいいな、と思った。
「続くよ」
首の無い彼女が言った。
「これからも続ければいいと思うよ」
首だけの彼女が言った。
その顔には、僕が”いいな”と思っていたあの笑顔。
僕は嬉しくなった。
握った僕の手には何時の間にかメスが握られていた。
血は、ついていない。
早く染めなきゃ。
そう思った。




40 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:00:20.78 ID:55WtWgG70

そこで目が覚めた。
夢の内容を思い出して吐き気を感じる。
吐き気に逆らわずにトイレに駆け込んでげぇげぇと胃の中のものを吐き出す。
気持ち悪い。
なんて夢を見るのだろうか、僕は。
夢から昨日の出来事を思い出した僕は、さらに吐き気が酷くなってげぇげぇと吐いた。
口からだけでなく、鼻からも胃液が出てくる。
しばらくして落ち着くと、胃液と胃の内容物にまみれたトイレを流した。
幸い、父はもう出勤しているようで、家にいる気配はない。

「・・・うう・・・・・・ゔう・・・。」

僕はそのままトイレの床に手を着いて涙を流した。
その時にきっと、罪悪感も後悔も人としてのモラルも背徳感も、全て流しつくしてしまったのだろう。


41 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:00:55.28 ID:55WtWgG70


ホームルームが終わって一限目。
僕の嫌いな現国。
早く彼女がどうなったのかを確かめたい僕ははやる気持ちを抑えるのに必死だった。
そして、表面上なんでもないかのように振舞うのにも。
頬杖を突いて、外の景色を眺めている振りをして、頭の中で色々な事を考えた。
これからどうするのか。
警察が事情を聞きに繰るのではないか。
どうやって彼女がどうなったのかを調べるのか。
しかし眠い。
昨日はずっと夢を見ていた。
浅い眠りだったのだろう。
いっそのこと、このまま寝てしまおうか。
だが、何を考えても、夢の中で見た彼女の笑顔が浮かび、思考が止まる。
あの夢の中で、メスには血は付着していなかった。
染め直さなければならない。
染め直さなければ―――


「内藤。授業聞いてるか?」

赤城先生に怒られた。


42 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:01:28.43 ID:55WtWgG70
「すいませんお、先生。」
「内藤、授業つまんないか。」
「はい。」
「先生、正直なやつは好きだ。」
「そうですかお。成績、よろしくお願いしますお。」
「でも先生、先生の授業を聞かない奴は嫌いだ。」

丸めた教科書でぺしり、と頭を叩かれた。
痛かった。
しかし、ゆとり世代でもあるまいに、僕は頭をはたかれたぐらいで「体罰だ」等と騒ぎ立てたりはしない。
いかにも神妙そうに反省している態度をとっておく。
顔をうつむける僕に、さらに赤城先生の声がかかった。

「反省してうつむいてるフリをして寝ようとするんじゃない。」

見抜かれた。
先生の、丸めた教科書を握った手が再び振り下ろされた。
先ほどのよりもさらに痛かった。


43 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:06:36.45 ID:55WtWgG70
昼休みになった。
僕の学校は私立で、学食があるが、弁当を家から持参してくる生徒の方が多い。

「内藤、学食行かないか?。」
「今金無いからパスだお。」
「ああ、学食で思い出した。なんか最近俺のプレステ2、ゲーム読み込まないんだけど。」
「学食でどこからプレステ連想したんだしwwww」
「何?内藤なんかあったん?」
「デスクリムゾンやりたくてハードごと買ったんだお。」
「なあ、お前等いっぺんレンジ聞いてみ、『花』だけはガチだから。」
「デス様wwwwwwww」
「古いしwwwwwしかも糞ゲーだしwwwww」
「なあ、聞いてみろって!!」
「うわ、何おまえCDプレイヤー持ってきてんの?ww昨日のネタまだ引きずってんのかよwww」
「しかもCDwwwwMDかデジタルオーディオプレイヤー買ったらどうだい?www」
「ネタじゃねーよ!!!ガチだってば!!!!!」
「なあ、だから最近俺のプレステ2、ゲーム読み込まないんだけど?無視すんなよ、マジ死ねし。」
「しらねーよ。しつけーし。お前の初期生産の古い奴だろ、買い換えろよ。」


44 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:07:36.49 ID:55WtWgG70
「悪いけど、ちょっと用事があるから行ってくるお」

僕はそう言って集団から抜け出し、屋上へと行く。
この学校の屋上は、過去に飛び降り自殺した生徒が居たらしく、立ち入り禁止になっている。
僕は屋上前のドアにつけられたチェーンと鍵を外す。
鍵は三桁のダイヤル式のものなので、簡単に外せる。
前に、1000通りある、O〜9までの数字三列を、ショボが一つ一つ試していた。
おそらく暇だったのだろう。
番号は427(死にな)。
多分、この番号を設定した時に、設定した奴は嫌な事でもあってイライラしていたんだろう。
まるで、そいつの心の中にたまった鬱憤が伝わってくるような番号だった。

屋上に入ると、僕はなんともなしに校庭を眺めながら携帯を手に取る。
少し躊躇いつつも、勇気を出して彼女の携帯に電話をかける。
なかなか出ない。
あとワンコール待っても出なければ、今日はもう電話するのはやめよう。
そう思ったとき、丁度相手が電話に出た。

「どなたでしょうか?申し訳ありませんが、娘は昨日・・・」

彼女の母親だった。
涙声だった。
それを聞いて、なんだか僕まで泣きたい気持ちになった。



45 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:07:56.46 ID:55WtWgG70
僕は素直に彼女の母親に、彼女との関係を告げた。
すると、相手は納得がいったように息をついて言った。

「貴方が内藤さんでしたか。娘が何時も楽しそうに貴方のことを話していました。」

彼女の家庭では家族同士の対話がしっかりと成立しているらしい。
今時、めずらしく円満な家庭だ。
心の奥底で、なにかがもぞもぞと動いた。
それは嫉妬だった。
僕の持っていないものを持つ者への、ただの無いものねだりだった。

それから、彼女の母親はしばらく僕に彼女の事を語って聞かせた。
正直、どうでもいいことや知っている事ばかりだったが、何故だか僕は電話を切る気に離れなかった。
彼女の母親の涙声が僕を引き止めたのかもしれない。

「すみませんでしたお。」

電話の最後に、僕が小さく言った。


46 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:08:19.44 ID:55WtWgG70
相手の怪訝そうな気配が携帯ごしに伝わってくる。
だが僕はそれを無視して、相手が何か言う前に携帯の電源を切った。
申し訳ない気持ちで一杯だった。
よくテレビで出てくる加害者のコメント
「今は反省している。遺族の方々には申し訳ない気持ちで一杯だ。」
というのが、理解できた気がした。








第一話・完


47 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:14:19.14 ID:55WtWgG70
殆ど勢いで書いた。今は反省している。

ブーンがシリアルキラーになったようです 概要

・しばらくはダラダラと日常描写が続く。つまらない。
・不定期更新。
・グロは控えるよう頑張る。
・神戸の少年Aの作文の一節を勝手に引用してるけど、権利の侵害とかはよくわからないので無視。



54 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:39:38.60 ID:55WtWgG70
2、跼天蹟地

第二話「跼天蹟地」


人間?うん、それは俺にとってはなんでもなかった。ただの白紙だった。

     ―――”360人殺し”ヘンリー・リー・ルーカス
        逮捕後、彼を質問した心理学者に向かって。



今日も彼女を殺す夢を見た。
僕は毎晩、彼女を殺す夢を見続けている。
しかし、目が覚めると、僕の心はとても穏やかだった。
決してその夢は悪夢などでは無いからだ。
夢を見るようになってから、僕は疲れがなかなか抜けず、顔色も悪くなっていった。
夢が原因ではない。
夢は恐くない。
あの夢を見ても、なおも何も罪悪感を感じず、恐怖を感じない自分自身が恐かった。
あれからというもの、僕は衝動的に動こうとする自分の体を抑えるのに必死だった。
授業中、前の席のクラスメートのうなじをみていると唐突に切り裂きたくなる。
人気の無い場所で誰かと二人きりになると、どうやってそいつを殺すかを考えている自分が居る。
そして一瞬後には僕はそんな自分に恐怖するのだった。



56 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:40:34.35 ID:55WtWgG70

彼女を殺してから四日目、警察が来た。
くたびれた、いかにも安物ですといった感じのコートを来た、柔和そうな顔立ちの男だ。
懐から手帳を見せて、「VIP署の者です」と素っ気無く言うと、僕に質問をし始めた。
僕は相手のそんな態度に、刑事者ドラマみたいだな、と思いつつも、冷静に言葉を返していく。
彼女が殺された日に僕が彼女とあっていたことは素直に告げた。
その時に入った喫茶店も、時間帯も。
ただ、喫茶店を出た後は彼女とは別れたと、嘘をついた。
これでいい。
嘘の中に真実を混ぜれば混ぜるほど、嘘の真実味は増していく。
僕に質問しに来た警察も「一応、事情だけは聞いておくか」程度にしか僕を疑っていないのを、態

度からありありと見て取れた。
おそらく、はっきりと僕の顔に浮かんでいる哀しみのせいだろう。
それはただ、彼女を殺してしまっても罪悪感を感じない、おかしくなってしまった自分への哀しみ

だったのだが、警察は気づかない。
周囲からは僕は「恋人を失って絶望のふちにいる男」と映るらしい。
帰り際に、僕を励ますような言葉までかけて言った。
本当に刑事ドラマみたいだった。




57 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:41:09.78 ID:55WtWgG70

学校でも、周囲の対応は似たようなものだった。
クラスメート達は僕に対して気遣うような態度を見せた。
ツンを除いては。

「内藤、ため息ばっかりついてるの見ると、本当にウザいんだけど。」
「・・・・・・・・・ごめんだお。」
「辛気臭いのよ。教室中の空気が重くなるわ。」

流石にこのツンの物言いには、周囲のクラスメート達もぎょっとして、止めに入る。

「内藤、あんまし気にすんなよ。」

仲のいい数人が僕を励ましてくれた。
僕は彼等に感謝した。他人の心遣いが、良心が嬉しかった。
しかし、そんな時にも僕の手は、ポケットに入れられたメスに伸びようとしていた。
それに気づいて、死にたくなった。

その日の下校中、僕は自転車に乗りながらも苦悩していた。
一体何故僕はこんな人間になってしまったのか。


58 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:41:37.09 ID:55WtWgG70
人を殺したというのに、何の後悔も罪悪感も感じていない人間になってしまったのか。
どこで歯車が狂ってしまったのだろう・・・。
考える。
だが、答えは出ない。
自転車を漕ぐ足に力が入る。
中学までは僕は陸上部に入っていた。
県大会でも準優勝までいっていたが、高校に入ってからはぴったりとやめた。
理由は単純。父親が「何時まえでも陸上なんてやってないで、勉強に集中したらどうだ。」と言っ

たからだ。
鶴の一声、僕は陸上をやめた。
しかし、足は走りたがっている。
そのせいか、自転車を漕ぐ足にはさらに力が入る。

――何か、集中して打ち込める物が出来れば・・・。

唐突にそう思った。
僕の体が勝手に人を殺そうと動くのは、また走りたい、体を動かしたい、という無意識下の欲求

から来るのではないだろうか。
無意識のうちに、日常生活のイライラを、フラストレーションを発散したかったのではないか。

―――また陸上をはじめれば・・・。

そう思うと、希望がわいてきた。


59 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:42:07.94 ID:55WtWgG70

――――もう人を殺すことなんて、絶対に考えない。

そう決心した。
既に人を殺した事への罪悪感は、相変わらず感じてはいなかったが、僕は自分の思いついた名

案に酔っていて気づかなかった。
そして気づいたときには―――




―――人を刺していた。

(;^ω^)「なんだよこの展開。」

嘆いてみても現実は変わらない。
自転車で、前に居たオッサンを追い抜くとき、唐突に僕は周囲に人がいないことに気がついた。
気づいたときには刺した後だった。
手が自然に動いていた。
自転車の加速も加わり、メスは面白いほど簡単にオッサンの背中に刺さった。
メスを無理矢理引き抜くと、オッサンはその場に倒れこんだ。
僕は顔を蒼くしながら自転車で駆け抜けた。
幸い、誰にも顔は見られなかったはずだ。
心臓が高く鳴り続けた。
恐怖や罪悪感に、ではない。
興奮に、だ。



60 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:44:22.26 ID:55WtWgG70
数分後には家に着いた。
僕の家は二階建ての5LDK。
「大きな家がいい」という、今は居ない母の要望で建てられた家だ。
父は夜中に帰ってきて朝早くでかけていくので、殆どの家に居る時間を、僕は一人で過ごす。
父と母が離婚するまでは、この家は広くても、冷たくは無かった。
何時でも帰ってくれば底に母が居た。
その”何時でも”が無くなって、初めてこの家の広さに気づいた。
僕は黙って鍵穴に鍵を差し込む。
カチャリ、という音。家の中に僕を待つものは居ない。
そんなことは百も承知だというのに、僕はどうしてもカギを差し込む度に期待せずにはいられない


僕よりも前に、誰か居てカギを開けていてくれるのではないか、明るい電気と共に誰かが迎えて

くれるのではないか。
しかし、僕の期待を裏切るように、鍵からはカチャリ、という音が響く。
もちろん家の中に電気などついているわけがない。
何時からだろう。誰も居ない家を開けるのが、鍵を開けるときの音が苦痛になったのは。
よく思い出せなかった。


61 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:45:15.14 ID:55WtWgG70

「ただいまだお。」

やはり、返事は無い。
父は今日も遅くなるようだ。
僕の父はとある大学の総合病院の外科部長だった。
幼い頃、仕事を終えた父を病院まで迎えに行ったとき、父に執刀されたという患者の家族が、父

に泣きながら礼をしているのを見て、子供ながらに父の偉大さというのを実感した。
自慢の父であったし、僕も将来はそうなりたいと思える目標だった。
父は仕事一筋の人間で、そのために母とは離婚した。
母が家から出て行って、その原因が父にあることは分かっていたが、それでも父は僕にとって、

誇るべき人だった。
そんな父だからこそ、僕も父の期待に答え、将来は医者になるつもりで勉強をする事ができた。
大好きだった陸上だって、父が言ったからこそ止めたのだ。

「・・・・・・・・・・・・。」

自室のベッドに座ろうとして、何かが僕の太腿にチクリと刺さった。
慌てて立ち上がると、帰り道にオッサンを刺した時のメスが、パーカーのポケットに入ったままだ

った。


62 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:45:39.89 ID:55WtWgG70

確認してみれば、メスの先端が刺さったのだろう、僕の右の太腿に小さな血の玉がぷっくりと浮

かんでいた。
僕はティッシュでその血を拭うと、軽く消毒した。
その後、パーカーを脱いで、ベッドに寝転ぶ。
壁を見れば、本棚には医学書がずらりと並んでいる。
オッサンの背中を刺したときの感触を思い出すように、拳を握った。
睡魔は唐突にやってきた。


僕のメスを握る手が翻った。
今日は刺殺。
メスが彼女の右目を刺し貫き、先端が脳まで到達する。
メスを墓標のように右の眼科に指した彼女は、ゆっくりと仰向けに倒れると、しばらくビクビクと動

くも、やがて絶命する。
彼女が死ぬまではお互いに一言も発しない。
それが僕等の間の暗黙のルール。

「わざわざ顔を狙わないでよ、先輩。」

彼女が唐突に起き上がって言った。
僕の夢は何時も彼女を殺して始まる。


63 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:46:21.79 ID:55WtWgG70
「君は・・・もう死んでるお・・・。」

僕は呟く。

「うん、先輩が殺しましたから。」
「・・・・・・・・・・・・。」

僕は押し黙る。

「また、殺したんですね。」

彼女が言った。
あのオッサンの事だろう。

「まだ、死んだって決まったわけじゃないお。」
「嘘。先輩は死んだって思ってる。」
「なんでそんな事君に―――」
「―――わかる。だって私もこの夢も先輩の頭が作ったものだから。」
「・・・・・・・・・・・・。」

何もいえなく成る僕を見て、彼女は笑っていた。
そこで夢が終わった。




64 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:49:58.24 ID:55WtWgG70
次の日、新聞を見た。
昨日、僕の起こした事件が新聞の端に少しだけ載っていた。
今、この街では死体からかならず心臓を持ち去るという連続殺人や、集団リンチ殺人、バラバラ

殺人等のもっと残酷な事件が起こっているので当然だ。
記事によると、刺された47歳の男は重症だが、生きているらしい。
それを読んで、僕の口から自然に舌打ちが響いた。
僕はそのことに愕然とする。
あの時刺した相手が死んでいなかった。
これは喜ぶべき事のはずだった。
だが、僕はちっとも嬉しくなんか無かった。
殺し損ねた事に対する悔いのようなものばかりが、胸の中で暴れまわっていた。
僕は壊れてしまったんだな・・・、
漠然とそう思った。


翌日、僕は廊下に立たされた。
両手には水の入ったバケツ。

(;^ω^)「何時の時代の悪ガキだよ、僕は。」



65 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:50:31.36 ID:55WtWgG70

理由は単純明快。
僕が宿題を忘れたからだ。
まさか、「こっちは人ひとり刺してんだ!!宿題やる心理的余裕なんてねーよ!!」なんて言える

はずも無く、
僕は大人しく廊下に立たされていた。
十分ほどすると、腕が痺れてきたので、ゆっくりとバケツを床に置いた。
授業の終わりに、床にバケツの底の形についた水の跡を発見されて、僕はさらに説教を受けた。

昼休みになった。
僕は屋上に向かう階段を上っていた。
そして屋上の扉に取り付けられた鍵を開ける。4,2,7。憂鬱な番号を打ち込む。
普段は学校に来る途中にあるコンビニで弁当を買うのだが、今日は買い忘れた。
腹は空くが、今から学食に行って馬鹿みたいに長い列に並ぶ気は起きない。
僕はさっさと屋上へと入って、フェンス越しに校庭を眺める。
校庭にはまばらながら人影があった。
高い場所からそれを見下ろしても、僕は「人がゴミのようだ」等と言う感想とは無縁だ。
やはり高いところから見下ろしても人は人だった。


66 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:51:06.02 ID:55WtWgG70
その中の一人一人に僕が悩んでいるような人生があり、同じ密度の時間をすごして来たのだろ

う。
それを僕は殺してしまった。
罪の意識は無い。そしてそれが僕が恐ろしいと思っている事だった。
僕は人を殺す事に罪の意識を感じていない。
つまり、これからも人を殺す事にためらいが無いということ。
罪を感じないからこそ躊躇いも無く、
躊躇いが無いからこそ思考する事も無く、
思考を放棄したからこそ殺人を止める理由は見つからない。
そうなってしまう前に、理由を見つけられなくなる前に、
いや、「人を殺さない事に理由が要る」等と思ってしまっている今だからこそ、
僕はなんとかして自分を止めなければいけなかった。
警察に行くべきか、それとも今ここで、屋上から飛び降りるか。
だが、屋上のフェンスは過去に飛び降りたという生徒のせいで随分高くなっている。
名門学校で生徒が自殺したという事で、当時は結構あちこちのテレビや雑誌で紹介されていた。
あれだけ世間を騒がせてもまだ飽き足らず、こうして今僕の邪魔までするとは、ここから飛び降り

やがった自殺志願の臆病野郎はよっぽど他人に迷惑をかけるのが好きらしい。
その時、屋上のドアが開いた。


67 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:51:49.87 ID:55WtWgG70
僕は思わず屋上の入り口に目を向けて、そこで入ってきたツンと目を合わせた。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

嫌な沈黙が流れた。

「最悪。」

やがて、ツンが口を開いた。
ツンは普段はクラスの女子たちの中心になって教室で弁当を食べているのだが、たまに一人で

昼休みにどこかへ行ってしまう時がある。
おそらく、今日がその時なのだろう。

「屋上が珍しく開いてたから入ってみたら、あんたが居るなんて。」

ツンが相変わらずのキツイ口調で言った。
僕は答えない。
やがて視線を校庭の下へと移す。

「何無視してんのよ!自殺でもする気?なら早くしてよね。私はあんたの顔なんて一秒だって見

ていたく無いんだから。」

ツンが声を荒げた。
だが僕は静かに校庭を眺め続けるだけだ。
ツンの相手をしているだけの心の余裕は無い。
僕の屋上のフェンスを掴む手に力が入る。


68 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:52:26.92 ID:55WtWgG70

「ちょっと!!内藤!!!あんたもしかして本気なの!!?」

僕のただならぬ表情に気づいて、ツンが先ほどとは別の方向へ声を荒立てた。
僕にずかずかと近づいてくると、僕を屋上のフェンスから引き剥がした。
僕は特に抵抗するでもなく、大人しくツンの力に従う。

「彼女が死んだくらいでウジウジして!!ホントあんた見てるとイライラするわ!!!」
「違うお。」
「え?」
「死んだんじゃないお。僕が殺したんだお。」

いつの間にか、僕はこれまであったことを彼女に話し始めていた。
彼女を殺した事。
罪悪感を感じないこと。
そんな自分が怖い事。
自転車で追い越す時にオッサンの背中を刺した事。
心の中にためていた事は、堰を切ったかのように僕の口から自然と溢れてきた。
それは、誰かに話すことで自分を断罪して欲しかったのかもしれないし、
慰めて欲しかったのかもしれない。
ただ、自分の中にためていた事を外に漏らしてみたかっただけなのかもしれない。
全てを話し終えて、僕はツンを見上げた。
普段のツンの僕に対する態度を考えれば、彼女が僕を罵倒するか、気味悪がるのは確実だった




69 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:53:45.03 ID:55WtWgG70
だが、顔を上げた僕を待っていたのは、僕の想像していたものとは全く違った。
僕の前に広がっていたもの、それはツンの笑顔だった。

―――なんだよ。

僕の前にツンの満面の、だがどこか静かで湖の表面を思わせるような穏やかさを内包した笑顔

が広がる。
それは普段のツンからはとても想像できない様な、とても優しげで、全てを包み込んで許容する

かのうような、そんな微笑みだった。

―――なんだよその顔は。
――――気味悪がれよ!罵れよ!!!
―――――「この人殺し」って!!!罵れよ!!!

「そんな事で思いつめてたの?」

ツンはまるで家族に語りかけるかのように、親しげにそう言った。
僕の頭まで、彼女を殺した事を「そんな事」だと思い始める。


70 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:54:14.66 ID:55WtWgG70

―――やめろよ。
――――僕は人殺しだ。どうしようもない犯罪者だ。

「本当に馬鹿ね、人殺しなんて・・・」

そこで、チャイムが昼休みの終わりを告げた。
どうやら僕が彼女に懺悔もどきの逃避をしているうちに、随分時間がたってしまったらしい。
ツンが台詞の途中で言葉を止めると、「午後の授業に行かなきゃ」と行って屋上から出て行こうと

する。

―――だから、だから・・・

最後に、屋上のドアノブに手をかけたツンが振り向いた。
その顔には、先ほどと同じ微笑。
ニコリ、という擬音が聞こえてきそうなほど、見事な微笑だった。
僕に対して、親しげに。本当に、親しげに。


71 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/18(土) 22:54:43.21 ID:55WtWgG70

――――だから、そんな風に笑いかけないでくれ・・・・・

やがて、ツンは屋上から出て行った。
僕一人だけが屋上に取り残された。
びゅう、と風が吹いた。
寒かった。酷く、寒かった。
そしてそれは、おそらく風のせいだけではなかったのだろう。
僕は静かに身震いをした。








第二話・完


72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 22:58:11.44 ID:ihYW8aF30
あまりに良過ぎて言葉も出ない


73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 22:59:29.57 ID:UjMAIPF/O
おいおいキテるぜ


74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 23:01:35.48 ID:e2yFDma20
オモシロスwwww


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 23:26:14.00 ID:3rRYORRz0
面白すぎて射精しそうだ


77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 23:30:41.29 ID:SWB05wjy0
これは15禁だな


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 23:30:52.61 ID:1tjCYNMS0
(゜д゜)


80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/18(土) 23:37:45.72 ID:SWB05wjy0
これ面白すぎる



156 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 17:58:14.80 ID:iqfrw/rq0
3、胡蝶之夢

もう喰っちまったよ。

     ―――アンドレイ・チカチーロ
        子供ばかり、56人も殺した連続殺人犯。
        上の台詞は、公判中に被害者の母親の「息子を返せ」という叫びに対して。


それから、その日の学校ではこれといって特筆すべき事が起きたわけではない。
教室に戻ると、ツンは何時もの顔に戻っていたし、屋上で僕が喋った事を誰かに言ったわけでも無いようだった。
午後の授業は何事も無く終わった。

放課後、僕は学校の部活動を覗いて回った。
何か打ち込めることを見つければ、あのわけのわからない衝動も無くなるだろうと思っていたのだが、
そう考えた次の瞬間に人を刺してしまった事を考えると、そういう問題でも無いようだ。
どうやら、事は「ストレスの発散」だとか「打ち込めることを見つけて誤魔化す」とか、そういう段階はすでに超えているらしい。


157 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 17:58:49.11 ID:iqfrw/rq0
面倒だが、父の言うとおり、どこの部活動にも所属していないというのは、体裁があまりよろしくない。
内申にも響くかもしれない。面倒だ。
だから僕はできるだけ運動部を避け、文科系の幽霊部員でも許されそうな、できるだけまともな活動の指定無い部活を探した。
まだ一年の僕等が部活動の見学をするのは珍しい事ではなかったので、大抵の部活は快く見学させてくれた。
途中でそれぞれの部活に所属している知り合いから話を聞きながら、僕は条件を満たした部活を探した。
丁度いい部活はすぐに見つかった。
部室棟の最上階である三階、その一番隅の教室にひっそりと存在する部活。
扉の前には「文芸部」の張り紙。
この学校には文学系の部活が二つある。
文学部と文芸部だ。
前者は創作活動を主にしているが、後者はただ読書するだけ。
創作活動どころか書評なども書かない、ただ本を読むだけの部活。
自然、真面目な部員は少なく、部員の殆どが幽霊部員だという。
僕は軽く扉をノックすると、部屋の中に入る。
部室の奥には夕日が映る窓と少し古いデスクトップパソコン。そしてそれ以外、扉と窓以外の部屋の壁を並べられた本棚が隠している。
四方を本棚に囲まれた八畳程の部室の中心には大きな机と、それを囲むように椅子が八つ。
しかし、八つの椅子の中で塞がれているのは一つだけ。
その一つに座った少女―――1年の間では見たことが無いから先輩だろう―――が読んでいた本から顔を上げて僕を見た。


158 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 17:59:15.80 ID:iqfrw/rq0
腰まで伸びた長い髪と、透き通るように白い肌の彼女がやけに落ち着いた声で話しかけてきた。

「ん・・・、新しく入った一年の子?」

彼女は僕の方を見ると、そう問うてきた。

「違いますお。入部希望なんですが・・・」
「ああ、入部希望ね。すまないね。入部してから未だに一回も着てない子も居るから、まだ一年生の顔は覚えていなかったんだ。」
「はあ・・・。」
「はい、これ、入部届け。とりあえず、うちの顧問は水沢先生だから、君の担任と彼にサインを貰って提出するように。」
「あ、ありがとうございますお。」

僕は入部届けを受け取る。
本来は職員室においてあるものだが、この次期は部活を決めあぐねていた一年生が遅れて入部する、ということもあるので、大抵の部活がその場で新入生に入部届けを渡せるように、部長のサインの入ったものをあらかじめ数枚持っている。
僕はその場で自分の名前を書き込む。



159 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 17:59:38.87 ID:iqfrw/rq0

「内藤ホライゾン?変わった名前だね。」
「よく言われますお。」
「気を悪くしたかな?だとしたらすまないね。私は部長の佐伯美鈴。これからよろしく。」
「いえ、こちらこそよろしくですお。」

軽く挨拶してくる佐伯部長に、僕は会釈を返す。

「どうする?今日から部活に参加することもできるけど?」

と言っても本を読む事ぐらいしかする事が無いけどね、と言って部長は笑った。
大人びた雰囲気をもっているのに、どこか子供っぽい笑い方。

「じゃあ、少し読んでいきますお。」

僕は周囲の本棚を見回した。
洋書や日本文学、その中でも推理小説や子供向けの童話、学術書に翻訳されていない英語の洋書等、脈絡無く本が並べられていた。
百冊や二百冊ではきかない数の本がびっしりと本棚を埋め尽くしている。
その中で明らかに異質な本棚を見つけた。
僕の視線がその本棚でとまる。



160 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:00:04.94 ID:iqfrw/rq0

「ああ、それかい。それは私の愛読書達をあつめた棚だよ。読みたければ好きにしなよ。」

大抵その棚を見た人は君みたいな反応を返すね、と部長は言った。
その本には「完全自殺マニュアル」やら「徹底自殺者」だの「人を殺す百の方法」だの、やけに暗いタイトルの本が並べられている。
別の本棚から本を選んでも良かったが、「どの本を選ぶのかな?」とでも言いたげな、気体に満ちたまなざしを向けてくる部長を見ると、とてもじゃないが別の本棚の前へ移動する事などできなかった。

「じゃあこれを・・・。」

僕は仕方なく、本棚のなかから一番無難そうな本、「人間の臓器」というタイトルの分厚い本を取り出す。
医学書っぽいので手にり、適当なページを開いてみたのだが・・・・・・・・・。

「内藤君、君、お目が高いね。それは人間の臓器の事ならあちこちの国での”相場”から素手での臓器の傷つけ方まで―――」

それを聞いて僕はなんだか目の前が少し暗くなったような気がした。
”相場”とは何の事だろうか。少し聞きたいような気もしたが、だいたい想像がついたのでやめた。
軽く本に目を落とす。適当に開いたページには「三年殺しは実在するのか!!?」という大きな文字と共に、「臓器や骨を損傷させ、即座にではなく、三年後に殺す事は可能なのか」などという論議が延々と続けられていた。


161 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:00:44.82 ID:iqfrw/rq0
手にとってしまった手前、本棚に戻す事もできず、嬉しそうに僕の読書する様を眺める部長の視線をうけつつもゆっくりと読んでいった。
案の定、部活終了時刻を告げる鐘の音と共に、部長に感想を聞かされた。
なんと言ったかはよく覚えていない。
先輩があの大人っぽい雰囲気に似合わない、子供のような笑顔を絶やさなかったところを見ると、僕はちゃんと返事をする事ができたようだ。


その日の夜。
僕は夜のあの道を歩いていた。
彼女の首をかき切ったあの道。
毎晩夢で見るあの道。

「・・・・・・・・・・・・。」

彼女の夢を見るようになって二週間が過ぎた。
僕はもう夢の中で14回彼女を殺している。
夢の中でのことは全て鮮明に覚えている。
だが、僕がどうしても思い出せない夢があった。
彼女を殺す前の日に見た、男を殺す妙な夢だ。
夢の中で男を殺したのは覚えている。
だが、その男の容姿が、霧がかかったようにぼんやりとしていて思い出せない。
何故だか僕にはそのことがやけに気にかかった。


163 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:05:27.48 ID:iqfrw/rq0
それにしても、あの夢のせいかだんだんと現実と夢の区別がつかなくなってきた。
僕は彼女しか殺して無いはずだ。
オッサンのときもやばかったとは言え、殺しては居ない。
なのに、僕の頭はもう15人殺したと認識している。
彼女と、夢の中で殺した14人の彼女。
あの夢は僕の殺人への忌避感や常識を麻痺させるために僕自身の欲求が見せたものなのだろうか。
だとしたら、ヤバイ。
夢のせいで、僕は毎晩ふらふらと歩き回っている。
そのうち、夢の中での事を実際にやりかねない。

そんなことを考えていると、突然横合いから手が伸びてきて、僕を路地裏へと引きずり込んだ。
夜のこの道は人通りが少なく、僕が路地裏に倒れこむところを見ている人間は居ない。
おそらくこの手の持ち主もそれを計算して、僕を引っ張ったのだろう。
しばらく路地裏の奥へと引きずられて、何事かと顔を上げたところで殴られた。
右の頬を殴られたと思ったら、背中にも衝撃。つま先が僕の背中にめり込んでいた。
だが僕は抵抗しない。
これが夢なのか現実なのか、区別がつかなくなっていた。
この痛みすらも夢の中の事のように思える。



164 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:06:01.15 ID:iqfrw/rq0
「なにコイツ、全然テーコーしねえジャン。」
「なんかヤバいビョーキなンじゃね?」
「病気だろうとなンだろうとかまわねェよ。」
「なー、もう帰ろォぜ。『ホーリーランド』始まっちゃうって。」

薬でもやってるのだろうか、聞こえてくる声の抑揚はおかしい。
肩を蹴り上げられて、僕が仰向けになると、僕の視界に四つの人影が入った。
全員が体のどこかに白い色の衣服やキャップ、バンダナを纏っている。
カラーギャング気取りか。アホか。何年前の人間だお前等は。
彼らの中には鉄パイプやらナイフやらを持っているのも居たが、特に恐怖はわかなかった。
僕が最初に感じたのは「ああ、チーマーって地方以外にもまだ現存してたんだ」という事だけだった。
時代の流れに迎合しない、絶滅危惧種な彼らに乾杯。

「なあ、もォいいだろ?今日二人目ジャン。」
「ア?全然足りねーよ。コイツもぶっ殺してやる。」
「お前、パチスロで五万負けたからってカリカリすンなよ。」
「つーかお前バカじゃん?なンで五万もスっちゃうの?」
「オレ等もォ帰るぜ。」
「勝手に帰ってろ。オレぁ一人でもコイツ殺すぜ。」
「はいはい。」


そう言って四人のうち三人が路地裏から出て行った。


165 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:06:22.43 ID:iqfrw/rq0
とりあえず、彼らの会話からピンと来た事がある。
コイツ等はきっと、最近ここら辺で騒がれてる、集団暴行グループだろう。
鈍器や刃物で対象を痛めつけてから金目の物を奪う、「集団リンチ強盗」とかなんとか呼ばれて騒がれてる連中だ。
被害者はわかってるだけで15人。そのうち死者が3人。
その時、僕の顔を影が覆った。
残った一人が手にした鉄パイプを高く掲げて、倒れている僕に近づいてきたのだ。

「恨むンならこンな時間にここをウロついてた自分自身を恨めよ。」

ああ、これは夢だ。
だって、今時カラーギャングなんて都民に居るわけ無いし。
そうだ、夢だったんだ。
夢なら―――

―――何したって構わないはずだ。









166 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:10:21.63 ID:iqfrw/rq0

やってしまった。
僕の腕は、想像していた通りに動いた。
彼女を殺したときと同様に。
気づいた時には、僕の手には血に塗れたメスが握られ、足元には首元を押さえた男が倒れている。
首の動脈から噴水のように噴き出る血をなんとか止めようと、手で押さえていたのだろう。
結局、数分間転げまわって失血死した。
陸揚げされた魚や、鉄板の上で踊る海老みたいで面白くて、ひとしきり笑ったのをかすかに覚えている。
ランナーズハイならぬ、マーダーズハイとでも言ったところか。興奮していて自分が何をしたのかあまり覚えていない。
そのマーダーズハイの余韻だけが残り、体全体が火照っているような、奇妙な感覚があった。
今ならなんだってできる。今自分は世界の中心にいるのではないか。
そんな錯覚さえあった。
しかし、そんな心地よい錯覚はあっけなく崩されてしまった。



167 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:11:12.14 ID:iqfrw/rq0
「なあ、あんた。そいつ喰わねえんならオレにくれねえか?」

肩越しに声をかけられて初めて我に帰った。
少し甲高い感じのする、しかしやたらと暗い印象のみを与える声だった。
まるで、周囲の暗闇をそのまま声にしたかのような・・・。

「・・・・・・・・・・・・ッ!」

僕は慌てて振り返る。

「なあって。聞いてんだろ?そいつの喰わねえんなら、オレにくれよ。」

振り返った先に居たのは、やたらと昏い瞳をした、やや猫背気味の少年だった。
いや、少年などではない。ガキにこの男のような、まるで此の世の絶望の全てを詰め込んだかのような瞳はできない。
やや小柄なのと童顔が相まって中学生くらいに見えるが、おそらく年の頃は僕よりも年上、18か19と言ったところだろう。
男は少々痩せている感のある体躯の両腕、肘から先を血で朱に染めている。
そして、左手には鉈を握っている。2,3サイズは大きいブカブカのフードつきトレーナーと動きやすそうなチノパンを穿いているが、鉈も服も血まみれだ。


168 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:13:03.29 ID:iqfrw/rq0
男の顔の上で、地の底まで続く穴が開いたかのように昏い、闇で塗りつぶしたような色の瞳が圧倒的な存在感を放っている。
まるでその黒い瞳孔から闇が溢れ出しているのかと思えるほどの威圧感が僕を襲う。
それに抗うように男の瞳を睨むと、その視線と男の視線が交錯した。
僕の体が金縛りにあったように動かなくなる。
―――こいつは、”異質”だ。
そう思った瞬間、僕は咄嗟に視線を男の目からそらした。
心中で、先ほど感じていた錯覚の矮小さ、愚かさに恥じ入る。
目の前の男はあまりにも”はずれ”すぎていた。あらゆる物から。

「おい、聞こえてるか?」
「・・・・・・・・・・・・。」

男がゆっくりとした動作で近づいてくる。
その右手に何か赤い物を握っているのに気づき、それを注視する。
それは見知った形状の物体だった。
見知ったと言っても、実際に見たことは無い。
本に載っている図解で見たことのあるだけだった。
僕の部屋にある、医学書で。
僕の目が大きく見開かれて、それを凝視した。
男の右手に握られた、心臓を。



169 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:13:54.78 ID:iqfrw/rq0

「―――――ッ!!!」

もはや先ほどのマーダーズハイなど吹き飛んでいた。
全身に嫌な汗が流れる。
頭のどこかで、冷静な部分がこの男に関する情報を整理していた。
心臓狩り。殺した相手の死体から心臓だけを持ち去るという、連続異常殺人鬼。
意図も目的も不明。目下警察が躍起になって捜索しているシリアルキラー。
現時点での被害者は21名。いや、目の前で手の中に握られている心臓の持ち主も含めれば22名。

「オレはドクオってんだ、よろしくな。」

ドクオと名乗った男は、固まった僕に構わずに、どんどんと近づいてくる。
―――ヤバイ、こいつはヤバイ。
ドクオの行動からは敵意など見られないが、僕にはドクオの視線が、嗅覚が、その"食指"が、どこに向いているのか痛いほどわかった。
僕の傍らに倒れている男と、僕の左胸。
「よろしくな」などとは言ったが、目の前のドクオという男は僕とよろしくするつもりなど毛頭無い。
僕の直感が告げる。脳内危険信号はあっという間に限界地を突破。
―――ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ・・・・・・・・・。


170 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:14:28.38 ID:iqfrw/rq0
やがて、無造作に近づいてくる男の足が、メスを持った僕の間合いに入った。

「うわあああああああああああああああああああああぁぁぁあぁあぁぁぁッ!!!!!!!!」

瞬間、金縛りが解けたように僕は反転して、その場から逃げ出した。
なりふり構わずにでたらめに走る。
男が追ってくる気配は無い。
どうやら、僕の残してきた死体の方を、僕よりも優先したらしい。
その事に多少の安堵を感じつつも、僕の足は止まらない。
恐怖に目を見開いて必死に駆ける僕に、すれ違った人々が訝しげな視線を向けるが、そんなものに構っている余裕は無い。
僕は感じていた。
ドクオと名乗った男に殺される恐怖を、ではない。
もちろん恐怖も感じている。呼吸がうまくできなくて苦しいし、先ほどから上下の歯が震えてうまくかみ合わず、カチカチと音を立てている。
だが、それ以上に僕はひとつの予感を感じていたのだ。
そう、僕はどうしようもないほどにその予感を感じていた。
これ以上あの男と接していると、僕も”はずれ”てしまう。
その確信があった。







171 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:22:42.78 ID:iqfrw/rq0

家に帰るなり、僕はドタドタと音を立てて階段を上がり、自室へと向かった。
部屋に入るなり、そのまま本棚にもたれる様に座り込み、自らの膝を抱きかかえる。
両膝を一周するようにまわされた僕の両手は未だに震えていた。
部屋の中に、僕の上下の歯がぶつかり合う音だけが響く。
カチカチカチカチ。
玄関には父の靴があったから、父はもう帰ってきているのだろう。
家に向かって走っている時、父の部屋の電気が消えていた事は確認してある。
おそらく、もう眠っている。
助かった。
まず僕が考えたのはそれだった。
部屋に入ってから気づいたが、僕の体には返り血がついている。
あの四人組のうちの一人の首を切ったときについた血だ。
父親が起きていてこの姿を見られたら大騒ぎになっていたところだ。
何人かに返り血を被ったまま走っている姿を見られてしまったが、あの暗闇の中だ。
僕だとはわかるまい。
カチカチカチカチ。
上下の歯がぶつかり合う。
震えが止まらない。


172 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:23:03.41 ID:iqfrw/rq0
自分の歯がぶつかり合う音さえ僕の恐怖心を煽っていく。
ゆっくりと自分が別のものになっていく感覚。
自分自身が自分の全く知らない、未知の存在に変わっていく感覚。
なんでこんな事になったのか。
なんで、なんで、なんで、なんで――――

「動画・・・。」

その時、僕は確かに今の自分の源(ルーツ)にたどり着いた。
恐怖に追い詰められた極限状態の中で、僕は奇跡的にそれにたどり着いた。
思い至ると同時に、デスクの上のPCにかじり付くように近づくと、電源を入れる。
ウインドウズが立ち上がると同時にIEのアイコンをクリック。IEを開く。
やはりホームはヤフー。あのわけの分からないURLには繋がらない。
僕は履歴を漁るが、一週間以上前の履歴は消すように設定してあるため、見つからない。
クッキーも漁ってみるが、同じだった。

「糞・・・・・・ッ!!!!」



173 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:23:34.68 ID:iqfrw/rq0

苛立ちを感じつつも、検索エンジン、Googleを開く。
そしてキーボードに素早くタイプ。「ウイルス ホーム 書き換え」で検索する。
Googleの検索で表示されたウェブサイトを、順番に開いていく。
その中で「2ちゃんねる」というページを発見。
躊躇する事無くそのページを開く。

「これだお・・・。」

我知らず、僕の声が震える。
そのページには、「2ちゃんねる」と呼ばれるウイルスの詳細が記載されていた。
ワーム機能を持つウイルスで、メールを介して感染。
ファイルの破損等の実害は無く、ただウェブブラウザのホームページのURLを書き換えるだけ。
ウインドウズ、マッキントッシュ等のOS、ウェブブラウザの種類に関係なく感染。
一度書き換えたらそれ以降は何をするでもなく潜伏。どこかに情報を送り続けるだけのスパイウェアと化す。
書き換えられた後のURLはブラクラだったり、ウイルスのDLページだったりと一定ではない。
2004年末から日本で流行し、未だに世界的に流行し続けている。
初期には、書き換えられた後のURLは一定で、何らかの動画ファイルを再生するだけらしい。
その動画を見たら一週間後に死ぬ、等の色々な噂が流れたが、真偽の程は定かではない。
命名者、名前の由来等は不明だが、「チャンネルを切り替えるようにホームのURLが変わるから」という説が有力。



174 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:24:05.70 ID:iqfrw/rq0

「・・・・・・・・・・・・。」

ゆっくりとウェブサイトに記載された情報を読んでいくが、僕の知りたい情報は詳しくは書かれていない。
その書き換えられた後のURLで再生される動画とやらについて詳しく知りたいというのに・・・。
僕は再びGoogleのトップページへ移動し、検索ワードを「2ちゃんねる 動画」に変更。再び検索。
すると、ウェブ上のあらゆる噂について話合っている掲示板を発見。
それを開く。
「【トロイたん】ウイルス擬人化スレ【テラモエスww】」「結局最強のウイルスはマクロ感染型なんだろ?」「僕のインターネットが壊れました><」
等、様々なタイトルのスレッドが並んでいる。
キーボードの「Ctrl」と「F」キーを押して、「2ちゃんねる」を検索。
すると「2ちゃんねる総合 Part27」というスレッドを発見する。
落ち着いてそれをクリックし、スレッドを開く。
対処法、駆除法に関する書き込みが殆どだが、中には「それに感染して再生された動画を見た友達が一週間後に死にました」というような眉唾物の書き込みまである。
その中で「オレはこのウイルスのぉヵゲで、人生変ゎったネ(ぁ」という書き込みを発見する。
僕の息が荒くなる。
流行る心を抑えてキーボードをタイプし、書き込み。
「このウイルスに感染して、変な動画を見せられたのですが、どうしたらいいのでしょう?」
自分の質問が掲示板に書き込まれたのを確認すると、他の人が僕に向けて書き込みをするのを大人しく待つ。
五分程待ってブラウザを更新すると、僕の書き込みに対してレスがついたのを確認。
「ここでも読んどけ^^;」という発言と共に、URLが書き込まれている。
僕は急いでそのURLをクリックして―――


175 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:26:56.66 ID:iqfrw/rq0
「な・・・・・・ッ!!!!」

―――開かれたブラウザ一杯に頭の爆ぜ割れた男の顔写真。
さらに、次々とウェブブラウザが開かれて、同じページが表示されていく。
ブラクラだ。
気が動転した僕は思わずPCの電源スイッチを抑え、強制終了。
電源が落ちて、モニターの電源ランプだけが点滅する。

「やられたお・・・。」

その思いと共に、僕の中にふつふつと湧き上がってくるものがあった。
怒りだ。

「・・・・・・人が真剣に質問してるのに、なんてヤツだお。」

再びPCの電源を入れ、IEを起動。
履歴から先ほどの掲示板を開く。
>>344さん、人が真剣に質問してるのになんでそういう嫌がらせするんですか。変な画像がいっぱい出てきたんですが。」
と書き込む。


176 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:27:31.82 ID:iqfrw/rq0
二分ほど待って更新すると、さっそくレスがついている。
>>346 マジであんなURL開いたの^^;URLの最後の拡張子が.exになってるのに気づかなかったの?^^;真性?^^;」

(#^ω^)「・・・・・・・・・・・・こいつ・・・・・・。」

最初は焚き火程度だった僕の怒りの炎は、一気に大火災へと発展。
怒りの衝動のままに再び書き込みをする。
「人が一生懸命頼んでいるんだから、教えてくれてもいいじゃないですか。それにブラクラのURLを貼っておいて、悪びれた様子も無くそんな書き込みをするなんて、信じられません。」
すると、今度は一分ほどでレスが帰ってくる。
「あのね、何でも人に聞けば答えが返ってくると思わないで^^;少しは過去ログ読んだり、自分で探す努力をしろよ^^;初心者は半年間ROMってろ^^;」

(#゚ω゚)「・・・・・・・・・ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

僕の頭の中で何かが切れる音が響いた。



177 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:28:23.77 ID:iqfrw/rq0

「ふざけんな。20以上もある前スレなんていちいち読んでられるわけねーだろ!!!何様のつもりだ!!!!」
「やれやれ^^;それ、人に物頼む態度じゃないんじゃないかな^^;礼儀も知らんのか、このゆとりが^^;」
「僕がゆとり教育世代だとしても、あなたがブラクラを貼ったという悪事が許されるわけでは無いでしょう!!話を逸らさないでください!!」
「ゆとりなの?^^;だから馬鹿とガキにはネット環境を与えるなとあれほど(ry^^;どうせウイルスガードにも入って無いんでしょ^^;だからあんなブラクラに引っかかるんだよ^^;」
「ウイルスガード?あと俺はゆとりじゃねーけどな。」
「ブラクラを未然に防いだり、個人情報漏れを防ぐ事ができるシステムだよ^^;名前欄に『Fusiana』って入れて書きめば登録できる^^;常識じゃん^^;それくらい知っとけよ、ゆとり^^;」

(;^ω^)「ウイルスガード?なんだかよくわからないけど入っておいた方が良さげだお。」

とりあえず、これ以上ブラクラを見せられたりしたらたまらない。
まずは相手と同じ土俵に立たねば、と思い、僕は名前欄にFusianaと打ち込み、書き込みをする。
これで登録ができたはずだ。



180 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:32:03.99 ID:iqfrw/rq0
しかし・・・・・・、
「うわ^^;今時Fusianaに引っかかるやつなんてまだ居たんだ^^;しかもお前都民じゃん^^;」

(;^ω^)「な・・・ッ!!住所がバレてるお!!!!」

ただ、リモートホストからプロバイダー、接続元の大まかな地域を調べられて、都民だと言う事を特定されただけなのだが、初心者の僕にそんなことが分かるはずも無い。
「もしかして同じ○○高校の方ですか?」
「お前、頭沸いてんのか^^;Fusiana=自分のIPを晒す、偽防止のためのシステム^^;ブラクラだけじゃなくてこんなのに引っかかるなんて・・・・・・^^;つーか○○高校って・・・^^;」

(;^ω^)「騙されたお・・・・・・。」

その事を理解した瞬間、さらに僕の中の怒りの炎は勢いを増して言った。
既に僕の理性は全焼。それでもなお燃え続けている。

(#`ω´)「この野郎・・・・・・。」

僕はまるでキーボードが仇であるかのように、大きな力を込めて文章をタイプしていく。


181 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:33:06.06 ID:iqfrw/rq0
「ふざけんな!!!どうせPCばっかりやってるオタクなんだろ!!!そんなの知ってるのはオタクだけだ!!!自慢になんねーよ!!!!」
「やれやれ^^;自分の知らない知識を持ってる人間は全員オタク扱いかい^^;学校の先生もオタク、専門技師もオタク、周りの大人もみんなオタク^^;おや、君以外の人間はみんなオタクになってしまうね^^;」
「ふっざけるんな!!!!!お前、どうしようもなく性根の腐ったヤツだな!!!いいから早く俺の質問に答えろよ!!!あの動画見たらどうなるんだよ!!!!それに答えて汚名挽回してみろオタク!!!」
「『ふっざけるんな』←落ち着け^^; あと、汚名は返上するものであって挽回するものではない^^;汚名挽回してどうすんの^^;さすがゆとり^^;」

(#゚ω゚)「コイツ・・・・・なんてヤツだお・・・・・ッ!!!!!!!!!!!」

だんだんと当初の目的から外れてきたが、モニターの向こうでほくそえんでいるであろうコイツだけは許せなかった。
怒りに任せてさらに書き込みを続ける。
どういうわけか、僕が書き込みを始めてから、他の書き込みが増えてきた。


182 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:34:09.13 ID:iqfrw/rq0

「香ばしい厨が居ると聞いてやってきました」
「VIPから来ますた。VIPから来ますた。VIPから来ますた。VIPから来ますた。ザッザッザッザッ」
「これはいいゆとりですね。」
「テライタスwwwwwwwww」
「汚名挽回ワロスwwwwwww」
「VIPから汚名挽回しに来ました。」
「汚名挽回に来ますた。汚名挽回に来ますた。汚名挽回に来ますた。汚名挽回に来ますた。ザッザッザッザッ」

最初は妙な顔文字を使うヤツ一人を相手にしていたはずが、いつの間にか僕にレスをしてくる相手の数は十人以上になっていた。
僕が一人にレスを返してるうちに、その十倍、二十倍ものレスがついてくる。

「お前等みたいなオタクはすべからく馬鹿ばっか(笑 そうやって初心者に嫌がらせして悦に浸ってて、マジキモイんだけど(バクショ オタク知識が大きいくらいで何偉そうな事言ってんの?あと俺はゆとりじゃねー。」




184 :微糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/19(日) 18:34:44.38 ID:iqfrw/rq0

「『知識が大きい』って表現は初めて聞いたなwww」
「どうでもいいけど『すべからく』ってのは『すべて』って意味じゃねえぞwww」
「『お前等みたいなオタクはすべからく馬鹿ばっか』←??????『おまえらみたいなオタクは馬鹿ばかりで当然であるべきだ』って事?????」
「流石ゆとりwwwwwwwwwwwwwwww」
「何?コイツ○○高生なんだろ?名門校でもバカって居るんだな。」
「所詮ゆとり。高校生なわけねーじゃん。よくて厨房。」
「どうした?だんだんとレスが遅くなってるぞ?www」
「誰か王子呼んで来い。革命王子とこのゆとりとの対決が見てみたい。」
「お前等落ち着け^^;どうせ釣り・・・、なわけねーか^^;コイツ、マジでゆとりだわ^^;」

あっという間にスレが1000まで埋まり、次のスレッドが立てられる。
次のスレッドを開くと、そこにはあの不快な顔文字を使う、諸悪の根源ともいえるヤツの書き込みがあった。

「どうした?^^;もうゆとりはお寝んねの時間か?^^;」

(#^ω^)「・・・・・・・・・・・・。」

―――いいだろう。そこまで言うのならとことん付き合ってやろうじゃないか。

僕は時間が過ぎるのも忘れ、PCのモニターを睨み、指を動かし続けた。
四面楚歌の、僕の孤独な戦いが始まった。




第三話・完


189 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/19(日) 19:01:26.36 ID:fIF2S7X30
これ面白いなー


197 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/19(日) 20:36:29.26 ID:PBr4s2sb0
これはオモシロスwwww



6 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 17:53:12.74 ID:3evcZIzy0
4. 愛別離苦

うつべきをうたず、うたいでもよいものをうった

     ―――都井睦雄
         一夜で30名を殺し、自殺した連続殺人犯、都井睦雄の遺書より。




「・・・・・・・・・・・・。」

とても清清しい朝だった。
僕はPCのモニターの前で朝を迎えた。
一睡もせず、モニターを眺め続けていた僕の目に、朝日が染み渡る。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」

僕の目の奥から熱いものがこみあげてきた。
僕は一体何をやっていたのだろうか。
モニターの向こう側、電子の世界では未だに憎き論敵達が僕を煽り立てている。

「^^;先生が居るって言うから来たのに、もっと香ばしいのが居たなwwww」
「ゆとり、早くレスしろよwww」
「ゆとり君落ちた?」
「ゆとりに徹夜は辛いだろwww」
「ゆとり君、はやくレスしてください>< 汚名挽回させてください><」
「汚名挽回キタコレwwwww」



7 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 17:53:56.68 ID:3evcZIzy0

いつの間にか僕には「ゆとり君」とかいう渾名がつけられていた。
その論敵達の中に、この騒動の原因を作った”ヤツ”の書き込みが混じっているのを発見する。

「うわ^^;お前等まだやってんの?^^;ゆとり、散々人のことオタクオタク言っといて、徹夜で書き込みなんて完全にネット廃人じゃん^^;」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

だが、僕にはもう何も言い返す気力は無い。
この掲示板を見ていることすら苦になってきたので、僕は無言でPCの電源を切り、強制終了させる。
モニターの電源も落とすと、さっさと制服に着替えて鞄を持ち、リビングへと向かい、朝食をとる。
洗面所で歯を磨くときに、自分の目の下にうっすらとクマができていることを確認する。
本当に、僕は一体何をやっていたのだろうか。
鏡に映る薄いクマが僕の馬鹿さ加減の証明のように思えた。
僕という人間がどれだけ愚かなのか、そのクマの中に全て集約されているような気さえした。

「うう・・・・・・・・・。ううう・・・・・・。」

僕は少し泣きそうになりながらも、鏡から目を逸らした。
リビングでさっさと朝食をとろうと、冷凍庫からトーストを取り出し、焼こうとするがどうしても食べる気が起きず、そのまま冷凍庫に戻す。

「・・・・・・・・・・・・。」

そうこうしているうちに、時間は過ぎていく。
仕方ないので僕はさっさと制服に着替えて家を出た。



8 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 17:55:17.13 ID:3evcZIzy0

僕は眠気に下へ下へと引っ張られていく瞼を指で擦り、暗鬱たる気持ちで学校へと向かった。
頭の中で渦巻いているのは、あの苛立たしい顔文字を多用する書き込み。
奴の書き込みを思い出すたびに歯軋りをしたくなった。
しかし、昨日の路地裏での事を忘れさせてくれたと言う点ではあの書き込みをしていた人間に感謝すべきなのかもしれない。
それにしても眠い・・・・・・・・・。

「おい。」

怒気孕んだ静かな声が聞こえると共に、僕の頭頂部を何かが叩いた。
頭蓋に響く衝撃に、僕の意識が夢の世界から現実へと引き戻される。

「宿題忘れた次は、授業中に居眠りか、内藤?廊下に立つのがそんなに好きか?」

顔を上げると丸めた教科書を握った赤城先生が、僕の机の前に立っていた。

「僕はゆとり世代じゃありません。叩かれたぐらいで怒りませんお。」
「は?」

あの掲示板に書き込んだ時の夢を見ていた僕は、ついそう言ってしまった。
そんな僕に先生が疑問符付きの声を返す。


9 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 17:57:57.55 ID:3evcZIzy0
「とにかく、しっかり目開いて授業に集中しろ。」
「・・・・・・。どんだけ目ン玉ひん剥いても、見えねえもんもあるんだけどなあ・・・・・・。」
「座頭市かよ。」

映画の登場人物の台詞を真似てみた僕に、再び教科書を握った腕が振り下ろされた。
バシッ、としか表現の仕様の無い音が教室に響く。

「観点を変えてみれば僕が寝ていたのではなく、先生達が起きていたと言えるのではないだろうかお?」

僕がめげずにそう言ってみると、再び教室にバシッという音が響いた。

「観点を変えてみれば、私が殴ったのではなく内藤が殴られたとも言えるのではないだろうか。」

赤城先生がしれっとした顔で言った。
さらに何か言おうと口を開く僕に対して、先生は丸めた教科書を広げ、背表紙を下にして構える。
言わずもがなの事だが、背表紙で殴られるのは痛い。
とてつもなく痛い。


10 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 17:58:47.62 ID:3evcZIzy0

「観点を変えてみれば、これが痛いのではなく今までのがそれほど痛くなかったとも言えるのでは―――」
「わかりました!!!わかりましたお!!!!もう寝ませんお!!!!」

そんなもので叩かれてはたまらないとでも言うかのように、僕は先生の台詞をさえぎって声を上げる。
それを見て先生がニヤリと笑った。
僕は大人しく廊下に出た。
教室から出て行く僕をツンが呆れたような目で見ていた。ばか。ツンの口の形がそう動いた。



「内藤君、君、今日はやけに眠そうだね。」

文芸部の部室で部長がそう言った。
その手には本が一冊。
タイトルには「娑婆――我が生涯」。自伝のようだ。
部長がその本を読み始めて三十分ほど経つが、未だに数ページしか読み終わってない。

「はい、昨日あまり寝てないんですお。」

僕は今日もまた部室を訪れていた。
別に大した活動もしていないので、ずっと幽霊部員でもよかったのだが、なんだかこの部活の静かなふいんき(←何故か変換できない)を気に入ってしまったのだ。

「睡眠不足かあ・・・。寝ないのはよくないよ。うん、寝ないのはよくない。」

部長はしきりに何かに納得するように頷く。

「まあ、かく言う私寝不足なのだけどね。眠くてしょうがないよ。」




11 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:00:17.13 ID:3evcZIzy0
確かに、部長の目の下にはうっすらとだがクマができている。先ほどからしきりに目をこすっていたが、そういうことだったのか。
手に取っている本がなかなか進んでいないのも眠気のためだろう。心なしか、何時もは物静かできっちりした印象のある部長が今日は気だるげだ。

「部長も寝て無いんですかお?」
「うん、昨日の夜はネットの掲示板に書き込んでてね。ちょっと面白い事があって、ついつい夢中になって徹夜してしまったというわけだよ。」

これは奇遇な事もあるものだ。僕とおなじく先輩もインターネットの掲示板に書き込んでいてで寝ていないらしい。
そう思いつつ、今朝コンビニで買って来たペットボトルのレモンティーに口をつける。どうでもいいが、僕はアップルティーよりもレモンティーが好きだ。
コンビニのアップルティーは風味も薄いし全然味がしないが、レモンティーならほどよい酸味がある。

「部長も寝ないでインターネットですかお。僕もですお。」
「うん。ゆとり君っていうおもしろい人が暴れててね。見ていたらどうしても途中で目を離すことができなくなっちゃって・・・。本を読んでいても転寝してしまうんだよ。」

先輩の口から「ゆとり君」という単語がでた瞬間、僕は飲んでいたレモンティーを吐き出しかけた。

「悔しい事に途中からしか見れなかったんだけどね。最初の方のログはDat落ちしちゃってて、見れないんだ。残念だよ。」

本当に残念そうに、悔しそうな表情と口調でそう言う部長。
対して、僕の心臓はここで聞くとは思わなかった、昨日つけられたばかりの自分のあだ名を聞いて早鐘を打ったようにバクバクと脈打っている。



12 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:02:04.26 ID:3evcZIzy0

「そ、そうですかお。残念でしたね、部長。」

なんとか平然と返事をする事ができた・・・・・・はずだ。少し声が震えてしまったかもしれない。しかし大丈夫だ。大丈夫だ。だから部長よ、何故そんな怪訝そうな顔で僕を見る。やめろ、そんな目で見るな。落ち着け、落ち着け、落ち着け、僕。素数を数え(ry

「ところで内藤君、君、さっきから私のことを部長、部長としか呼ばないけど、私の名前を覚えてないのではあるまいね?」

だが、部長は僕の心配を他所に話題を変えてくれた。助かった。

「そんなことないですお。もちろん覚えてますお。佐伯・・・・・・。」
「佐伯?」
「佐伯・・・・・・・・・。」

おかしい。何故だか思い出せない。部長の名前は佐伯・・・・・・・・・、なんだったっけ?佐伯み・・・、み、なんとか。

「佐伯・・・・・・みずち・・・?」
「・・・・・・・・・・・・。そんな名前の人間がいると思ってる?」
「・・・・・・・・・。美樹?美香?美咲?」
「・・・・・・・・・・・・もういいよ。」


13 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:03:56.43 ID:3evcZIzy0

部長は冷たい視線でを僕に向け、不満そうに口を尖らせる。

「名前なんてかざりですお。」
「・・・・・・・・・・・・。」

部長の氷点下の視線が突き刺さる。
その時、部活の終了を告げる鐘が鳴った。校舎内に残っている生徒はもう帰らなければならない。
僕は救われたと思いつつ、荷物をまとめて、部長に挨拶するとさっさと部室から出て行った。
背中に刺さる部長の視線が痛かった。
しかし、本当に部長の名前ってなんだったっけ?




「お、内藤、今帰り?」
「ん?内藤は帰宅部じゃなかったかな?」

部活を終え、校門に向かうために校庭を横切る僕にギコとショボが声をかけてきた。
二人ともマンガに影響されてテニス部に入っている。今までは僕は帰宅部だったので、帰りの時間が重なる事は無かったのだが・・・。そう考えると、やはり面倒だが部活に参加するのも悪くは無い。




15 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:07:06.23 ID:3evcZIzy0
「昨日から文芸部に入ったんだお。」
「文芸部って、あきらかにやる気無いな、おまえ。」
「まあ、まだ幽霊部員になると決まったわけじゃないんだ、そういうなよ、ギコ。」
「でも正直、結構文芸部おもしろいお。」
「そうかい。ところで内藤、これからギコと吉牛行く予定なんだが、来るかい?」
「行くお。」
「なあ、なんで吉牛っていうの?おまえ牛丼嫌いだから何時も豚丼ばっかり食ってるじゃん。吉野家って普通に呼べば良いのに、なんでお前等吉牛とか言うの?」
「いや、吉牛は吉牛だろう。吉野家なんていちいち言うの面倒だしね。」
「は?『よしぎゅう』のがいいにくいし。吉野家の方が言いやすいし。」
「どうでもいいと思うお、そんな事。」
「よくねーよ。うわ、今まで俺こんな奴等と付き合ってたんだ。うわ。」
「ところでショボ、文系と理系、どっちに進むお?」
「別に、大学には行かないと思うし、どっちでもいいかな。」
「進学しないのかお?高卒?DQN?」
「誰がDQNだ。ぶち殺すぞ。家の都合で、家業関係の仕事に就くことになると思うから、大学なんて出てても出て無くても関係無いんだ。」
「ふーん、そうかお。」
「おいコラ、お前等無視すんな。吉牛って言うのもうやめろ。吉野家ってちゃんと呼べ。」
「なんでそんなに拘ってるの?」

その後、僕等は牛丼を食べて、暇つぶしにカラオケに行った。父の帰りは遅いので、多少家に帰るのが遅くても怒られる事は無い。というか、放任主義なのでどれほど帰りが遅くなっても怒られる事は無いだろう。


19 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:11:22.74 ID:3evcZIzy0
「真夏に始まるセレナーデ、Oh Oh Oh〜」

個室の中にギコの調子っぱずれな歌が響く。安いこのカラオケは個室の壁が薄く、隣の個室の歌がかすかに響いてくる。隣の個室に響いているのは「月月火水木金金〜」という軍歌だった。古めかしい歌だが、歌ってる奴はやたらと上手い。
やがて、ギコの歌が終って採点が始まった。
 
「うわ、51点ってwwwおまwwww」
「テラヘタスwwwwだな。50点代取る奴ってはじめて見たよ。」
「なんだコレ?壊れてるんじゃねーの?」
「そうだな、ギコの歌に51点もやるとは。壊れてるとしか思えん。」
「ちょwwwww」

久しぶりにカラオケに行ったような気がするが、自分が最低の糞っ垂れた殺人犯だという事を忘れられるほど楽しかった。
無性に泣きたくなった。

「あ、次またレンジか。うわ、誰?こんなにレンジ連チャンしてる奴。」
「あ、俺だわ。」
「ぶち殺すぞギコ。」

「花びらのように塵行く中で夢みたいに〜」

個室の中にギコの調子っぱずれな歌が再び響きだした。
どうやら次の曲に突入したようだ。
点数はあまり期待できそうに無い。
けれど、きっと僕の人生に点数をつけたら、50点どころではないだろう。
いや、そもそも採点すらされないだろう。

「愛し合って〜喧嘩して〜」

三度はずれながらギコの声が響いた。


20 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:14:39.76 ID:3evcZIzy0
ショボ、ギコと分かれたのは七時を回ってからだった。
父の部屋にはもう灯がついている。今日は早い帰りのようだ。
ドアに鍵がかかっているのを不思議に思いつつも、きっと父は僕が既に帰っていて、自室にいると思っているのだろう、と思い鍵穴に鍵を挿し込む。
カチャリ。
鍵が開く。心なしか今日の鍵が開く音は耳に心地良い。「ただいま」という僕の声が家の中に響く。返事は無いが、既に家に僕をム化手くれる人間が居るとわかると、嬉しくなる。
家に帰った僕は、そのまま自室へと向かい、早速PCをつけて履歴から昨日の掲示板を開く。
今日はこの掲示板のことを考えるたびにイライラしいた。
だが、昨日の妙な顔文字を使う奴の書き込みを信じるなら、あのスレッドの過去ログを漁れば、僕の知りたい情報を得られるかもしれない。
大丈夫、今日の僕は冷静だ。
連中の煽りごときで僕は冷静さを失わない。
自分に言い聞かせるように何度もそう呟き、掲示板のスレッド一覧を表示する。
すると、真っ先に目に飛び込んだスレッドが一つ。
「ゆとり先生総合スレッド Part2」
何やら先生づけで呼ばれている。
僕は嫌な予感を抱きつつもそのスレッドを開く。

「だから絶対釣りだって。全部二〜三分間隔で書き込んでんだぜ。」
「あれ絶対、トイレも水分補給とかもしてないし。絶対廃人。初心者のわけがない。」
「いや、でも釣りにしては書き込みが感情的過ぎる。最初はネタのつもりだったのかもしれんが、本気になってたのは間違いない」
「お前等、だんだん過疎って来てるぞ!!先生の偽も少なくなってきてるし、早く『汚名挽回』しないと先生来ないぞ!!」
「汚名挽回wwwwwww」


21 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:16:34.10 ID:3evcZIzy0
予想通り、そのスレッド内は僕を馬鹿にするような書き込みばかりで埋まっている。

「・・・・・・・・・・・・。」

僕は黙ってIEをとじてPCの電源を切った。
これ以上見ていると、また昨日のように徹夜で書き込む、等という事になりそうなので、気分転換に外へ出る。
パーカーを掴み、それを羽織りながら玄関の扉を開けたところで―――

―――丁度外から玄関のドアノブを掴もうとしていて刑事と向かい合う形になってしまった。

「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」

今更だが、 僕は自分が殺人犯だという事を忘れていた。
罪の意識を感じていないのだから当然だ。

「・・・・・・どうも。」
「いえ、こちらこそどうもですお。」
「とりあえず、今お話いいですか?」
「・・・・・・はい(なんだこのふいんき^^;)」

なんだかやけに相手の刑事が遠慮がちな声を出してくるので、僕の方としても対応に困って妙な空気が流れてしまう。



22 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:17:25.84 ID:3evcZIzy0
「お父さんが亡くなって大変だとは思いますが・・・。」
「は?」

ちょっと待て、今目の前のコイツはなんと言いやがった。

「ですから、お父さんがお亡くなりになって・・・。」
「いえ、父ならここに居ますお。」

僕はそう言って父の部屋をノックして、ドアを開ける。

「・・・・・・・・・あれ?」

だが、部屋の中に電気はついていれど、人の気配は無い。
というか、誰も居なかった。

「・・・・・・・・・・・・。」

刑事が可哀想なものでも見るかのような目で僕を見てくる。
ちょっとまて、これはあれではないか?
本当に父が死んだというのなら、「家族が死んだのを受け入れられず、頭蛾ぶっ壊れた変な人」として見られているのではないか?
僕の顔に狼狽が浮かぶ。


23 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:18:13.82 ID:3evcZIzy0
「そうですね・・・元気そうで何よりです・・・。」

焦った僕の表情をどうとったのか、刑事はそう言った。
いや、待て。ちょっと待て。刑事よ、おまえは勘違いをしている。

「じゃあ、ちょっと日を改めて」
「ちょwwwおまwww待てwwwwもっとkwskwwwww」

僕と目を合わせないようにそそくさと立ち去ろうとする刑事を無理やり引き止める。
すると、刑事はいよいよ声を荒げて逃げ出そうとする。

「お父さんは生きているんでしょう!!!ならいいじゃないですか!!!」
「ちょwwwまてwwwwだから勘違いだってwwww」
「離せ!!!警察呼びますよ!!!」
「おまwwww落ち着けwww警察はおまえだwwwwww」

こんなやりとりが、誤解を解くまで十分ほど続いた。
死のうかな!!








第四話・完



24 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 18:20:46.61 ID:3evcZIzy0
なんか早くもgdgdになってきた。
大まかなあらすじとラストしか考えずに行き当たりばったりで書いた。
反省はしている。

さっさと次の話書いてくる。


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/21(火) 18:40:57.10 ID:1a7UGWJP0
俺は蟲師が読みたいわけだがもう書かんのか


30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/21(火) 19:16:50.59 ID:PvI5Ss880
最初は暗い話だったのに、途中から何か軽いなwwwwww


31 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 19:21:18.96 ID:3evcZIzy0
終わりは感動系にしようと思ってる




35 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:21:47.37 ID:3evcZIzy0
第五話 「空空寂々」

涙の無い幸福は無く、死のない生は無い。注意しろ!我はお前に涙を流させよう!

     ―――"赤蜘蛛"ルツィアン・スタニャック
          女性ばかり20人陵辱し、殺した連続殺人犯。上の一節は彼が週刊誌に送りつけた怪文書。




「それじゃあ、お父さんがお亡くなりになった事は悲しい事ですが、事実として受け入れて―――」
「だからさっきのは勘違いだっていってるお!!」

しつこく僕を頭のかわいそうな人だと疑い続ける刑事にそう言うと、刑事は監察医務院から出て行った。父の死因は検死解剖のため、警察の霊安室ではなく監察医務院に送られていた。
僕は監察医務院の霊安室のベッドの上に転がっている父を眺める。
父の死体がここに担ぎ込まれたのはつい三時間前だという。そして死亡したと思われるのは三日前。
ついでに言えば、父の部屋の電気はつけっぱなしだったらしく、僕はずっと父が帰ってきているものと思い込んでいたというわけだ。
父の勤務先の病院から昼に何度も電話がかかってきていたらしいが、僕は学校にいたり、外に出ていたりで受け取っていない。


36 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:22:07.51 ID:3evcZIzy0

「・・・・・・・・・。」

すでに腐敗は始まっている。
体中の皮膚や肉がぐじゅぐじゅになっていて、殴られたものと思われる跡がある皮膚の下から黄色い透明な液体がだらだらと垂れている。
刑事が言うには、父を殺したのは集団リンチ強盗と呼ばれている連中らしい。
ただ、連中についてはもう内偵が進んでいるので、逮捕まで持っていくのは時間の問題だという。

「・・・・・・・・・はは・・・。」

僕は弱弱しく笑った。
何と言うことは無い、僕はあの夜、連中の一人を殺して仇を討っていたのだ。

「はははは・・・・・・。」

僕の口から漏れる乾いた笑いは止まらない。
笑いながら、既に物となってしまった父を眺める。
父のようになるのが夢だった。
何時か父よりも立派な医者になるのが夢だった。
だがもうそれは適わない。
父はもう居ない。
死んだ人間は追い越せない。
死んだ人間は何もできない。
死んだ人間に対しては何もできない。


37 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:22:55.63 ID:3evcZIzy0
僕は狂ったように漏れ出す笑いを止めると、スッと立ち上がった。
行く場所はひとつ、父の勤めていた病院だ。
時刻はまだ9時。僕は裏口からそっと病院に入ると、手術室からメスを数本持ち出した。
生前に父が使っていたかもしれないものだ。
道具は揃った。
やる事は一つだ。




彼等は程なくして見つかった。
人通りの少ない道を適当にふらついていたら、彼等の方から僕に近づいてきてくれた。
四人から一人減って三人。相変わらず体のどこかに白い衣服を着けている、時代遅れの勘違いファッション。何時の時代の人間だおまえ等。
というか、前と同じように僕の襟元を掴んで路地裏に引っ張り込んできた。
向こうから人目につかないところを用意してくれるとは、都合がいい。

「なぁ、オマエこの前ジュンがぶっ殺すって言ってたヤツじゃん?なんで生きてんの?」
「つーかオマエ、オマエだよオマエ、オマエを殺すって言ってからアイツ居なくなっちゃったンだけど、どゆこと?」


38 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:23:30.57 ID:3evcZIzy0
どうやら僕が殺してやった奴はジュンと呼ばれてるらしい。
それにしても相変わらず頭の悪そうな喋り方をする連中だ。

「なぁ、聞いてンのオマエ?マジイラつくし。マジ死ねし。なンとか言ってくーだーさーいーってば。」
「ジュンどこやったんだよ?コラ、ねえ、答えてくれないとオレ等マジ悲しいなぁ、実際。」

僕はそれを聞いて苦笑する。
彼等の言う「殺す」とは、せいぜい金欲しさとストレス解消に相手を痛めつけて転がすだけなのだ。その際に運悪く死んだ奴が数人いるだけ。実際、死んだのは被害者15人のうち3人だけだ。
いや、父も入れれば16人中4人か。死ぬ確立はたったの4分の一。そう考えれば父は運が悪かったようだ。
そう考えたところで右頬を殴られた。
痛い。

「テメー何笑ってくれちゃってンの?ねぇ?ねぇ?マジでジュンどこやってくれちゃったの?」

しらねーよ。お前らのお友達なら今頃心臓だけドクオとかいう食人狂に食われてるよ。バーカ。

「いい加減答えてくれねーとぶっ殺しちゃうよ、ねえ?」
「なあ、コイツ、殴られてもずっと笑ってんだけど?やっぱ変なビョーキなんじゃ―――」


40 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:24:02.92 ID:3evcZIzy0

そいつの言葉はそこで止まった。
というより、止めさせられた。そいつの喉には一本のメス、尖刃刀が根元まで突き刺さっていた。
言うまでも無く、僕が父の病院から持ち出したものだ。

「あ゙・・・・・・」

信じられないものでも見るかのように、そいつが自分の喉に刺さった銀色の物体を眺めようとする。
―――いや、自分じゃ自分の喉に刺さったメスなんて見れないって。
僕は現実についていけていないそいつに優しく笑いかけてやる。

「おまえ、うっさいお。」

そのまま、喉仏を砕いて突き刺さったメスの切っ先を捻り、血管と肉をズタズタにしながら引き抜く。
が、メスは半ばほどからボキリと折れている。
やはり、人を壊すのは楽じゃない。
刺された男が地面を転がる。
他の二人は呆然とその様を眺めている。口を半開きにしてボーっと。間抜けが。
僕はポケットから新たなメスを取り出すと、うな垂れて両手で首を押さえる男の後頭部に突き刺す。メスの切っ先は男の小脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら貫通。手にゼラチン質の物をかき混ぜてぐちゃぐちゃにしたような感触が残る。楽しい。
男は目玉をぼこりと飛び出させ、鼻と口の端から血を流しながら動かなくなる。
放っておけばそのうち死ぬだろう。


41 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:25:05.96 ID:3evcZIzy0
僕はメスを男の後頭部に突き立てたまま、残りの二人へと向き合う。
ここになってやっと残った二人も動きをみせた。
僕に近い方の背の高い奴が小さめのツールナイフを、その後ろにいた奴が落ちていた木材を拾い上げようと手を下に伸ばした。
僕は素早くポケットから出した新しいナイフを、下に向けて落とすように投げる。
地球の重量と僕が投げた時の勢いが合わさったそれは、木材を拾おうとした男の右手の甲に難なく突き刺さり、貫通すると、コンクリートの地面にぶつかり、硬い音と共に弾かれて止まる。
腱が集中している手の甲を貫かれたのだ、しばらく男に右手は使えないだろう。
だが、そうこうしているうちに、ツールナイフを持った男が僕に接近してきている。
―――しかしちっさいナイフだお。
新しいメスをポケットから取り出している暇はない。
僕は退かずに、逆に相手に接近。
両手を大きく広げると、男の両耳に叩きつけて、鼓膜を潰す。
鼓膜を破るつもりの勢いで叩きつけてやったのだが、実際に敗れたかどうかは分からない。
ともあれ、相手は耳への衝撃で平衡感覚を失い、よろめく。
僕はそのまま四指で相手の頭を押さえつけてアイ・ゴージに移行。
親指で相手の眼球を押し込み、掻きまわし、抉る。そして相手の眼窩から親指を乱暴に引き抜くと男の間合いから飛びずさる。
対して、たまらず男は悲鳴を上げてツールナイフを取り落とし、両手で目を押さえる。
目が潰されたぐらいで武器を落として泣き喚くとは、情け無い奴め。
まあ、実際に自分が目と耳を潰されたら、武器を握ったまま抵抗できるかどうかを聞かれたら微妙なところだが・・・。
などと考えたところに、僕の額に木材が迫る。


42 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 20:25:32.70 ID:3evcZIzy0
そして僕の脳内に響く鈍い音。
僕の額の上を駆ける灼熱感。どうやら殴られたらしい。
だが、アドレナリンで興奮状態になっている今、対して痛みは感じない。
額から漏れてきた血が左目にかかり、視界を妨げるが、も見合いになってしまえば関係ないだろうと思い、相手にそのまま寄りかかるように近づく。
額から血を流しながらも平然と向かってくる僕に気おされたのか、残った男がヒッと呻く。
情けない奴。
しかし、それも仕方の無いことだろう。
男達にとって、今のような状況は、本当に相手の命のやり取りをしなければならない状況に陥ったのは初めてなのだろう。
彼等がこれまで暴力を振るってこれたのは四対一という数の上での有利があってのこと。
男がひるんだ隙に、僕はポケットからメスを取り出す。
急いでいたせいで尖刃刀ではなく、円刃刀を取り出してしまったが、まあ構わないだろう。
新たなメスを抜いた僕を恐れた男は、手にした木材を滅茶苦茶に一振りした。
それは攻撃とは呼べないようなお粗末な一振りだった。
追いつめられた動物が暴れたり、捕まえられた虫がでたらめに節足を動かすのと同程度の、原始的で幼稚で、みすぼらしい一撃。
窮鼠猫を噛むとは言うが、果たして男の牙は僕には届かなかった。
恐怖のためか目を閉じていたし、腰が引けているため、まともな力は篭っていない。
僕はその一撃を後ろに軽く体をそらす事でかわすと、体を後ろにそらした分、崩れた体勢を直すように足に力を込めて、倒れこむように男に接近。
そのまま円刃刀で男の頚動脈を切り裂く。切り裂かれた動脈から、噴水のように澄んだ血が噴出す。円刃刀は突き刺すのにはともかく、薄く皮膚を切り裂くのには向いている。
あくまで精密な作業のためのメスなので、比較的体表付近にある静脈では無く、動脈を切り裂くほど深く刺すのは至難の業だが、力任せに無理矢理切り裂いてやった。



52 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:34:31.63 ID:3evcZIzy0
相手は少し屈んで、血を噴出す首を押さえて止血しようとする。
が、慌てた男の手つきでは完全に止血する事が出来ず、血はもれ続ける。
あっという間に血が流れ出て、男の顔は青ざめる。
そのまま白目をむいて倒れこんで絶命。
うわ、あっけなッ!
ひと段落ついたかと思うと、興奮が収まってきた。
冷静になると共に、頭に受けた傷が灼熱間と共に疼きだしてくる。
殴られた衝撃か、頭の奥が痛い。額というのは比較的流血しやすい。
出血しているので、無い出血しているというような事は無さそうだが、その痛みに足元がふらつく。
―――ああ、いけない。目と耳潰しただけの奴に早くとどめ刺さなきゃ。

そう思って手をポケットに伸ばすが、体の方はもう辛抱たまらんとでも言うかのように、地面に倒れこむ。

―――ああ、刺さりっぱなしのメスも回収しなきゃいけないのに・・・・・・。

だんだんと意識が遠のいていく。

―――なんだよ、糞。人間は壊れにくいんじゃなかったのかよ。一発殴られて終わりなんて、僕は随分脆―――




53 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:34:54.42 ID:3evcZIzy0

「・・・・・・・・・・・・?」

一瞬のうちに視界が暗転したかと思うと、僕は奇妙な空間にいた。
見渡す限り何も無い、色も無い、不思議な空間だった。
白いわけでも黒いわけでもない、ただひたすら透明なだけの空間。
そこには一つの扉があった。
僕の家の扉だ。
そして僕の手には鍵がある。
分かっている。これは夢だ。
この扉は今まで僕が閉じてきて、押さえつけてきたものだ。
この扉を開けないと僕には前に進めない。
僕は躊躇無くその手に握った鍵を鍵穴へと伸ばす。
だが、鍵穴に鍵が入ろうかというところになって、僕の腕は止まる。
それ以上、腕が進まない。
腕の先がぷるぷると震える。
力を篭めれど篭めれど、腕は前へは進まない。
いや、進ませる気にならない。

「開けてもどうせ誰もいない。」

鍵を開けらない僕に、前に進めずに、かといって下がることも出来ずに鍵を持ったまま震えるだけの僕に、後ろから声がかかった。


54 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:35:41.88 ID:3evcZIzy0
軽く体を傾け、首を動かして後ろを振り返る。
背後のそいつは、僕が振り向いたのを確認すると、さらに言葉を紡ぎだす。

「どうせ進んでも、鍵を開けてもそこには誰も待っていなくて、ただ寂しさが待っているだけで。」
「・・・・・・・・・・・・。」

僕の後ろに居たのはあの夢の中に出てきた男、彼女を殺す前に出てきた男だった。
手首の先から無くなっている右手、体中につけられた傷、そして首から上についている、斜めに傷の入った頭。
今までどうしても思い出せなかった男の顔がそこにあった。

「だからその鍵をあけることに意味は無い。今までと同じ、誰も待っていてくれない生活が続くだけ。」
「・・・・・・・・・・・・。」

そいつは、よく見慣れた顔をしていた。
毎日見ている顔。
毎朝、鏡を見るたびに映っている顔。
そいつは――――僕自身だった。

「今までお前が鍵を開けて、中に誰かがいたことがあったか?無い。無いはずだ。誰もお前を待っていてくれる人間なんて居ない。」



55 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:36:09.67 ID:3evcZIzy0
そいつは僕にゆっくりと、聞き分けの無い子供に物事を噛み砕いて教える母親のような口調で語りかけてくる。
わかっている。
こいつは僕だ。
僕があの日あの動画を見て、僕が扉を開けないように、僕を抑え続けてきた”今までの僕”だ。
僕があの動画を見て、”今の僕”になるために殺した”今までの僕”だ。
だからこいつは僕がこれ以上進むのを止めようとする。

「だから―――」
「うっせ。おまえの知ったことかお。」

僕は僕の台詞を途中で遮る。
口の端を吊り上げ、笑いかけながらさらに喋りかけてやる。

「誰か待っててくれなきゃ何も出来ないような間抜けだから、僕に殺されたんだお、おまえは。」
「お前ッ!!!!」

片腕の僕が顔を真っ赤にして飛び掛ってくる。
だが、その間にも僕の腕は鍵穴に鍵を差し込み、ひねる。
カチャリ、という音。
そして――――



56 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:36:57.69 ID:3evcZIzy0
周囲を覆っていた闇が少し筒退けられ、おぼろげながら視界が少しずつ開いていく。
いや、開いているのは僕の瞼だ。
少しの間落ちていたらしい。
はっとしてその場から立ち上がり、周囲の様子を確認すると―――

―――目の前にツンが居た。

「ツン・・・、なんでここにいるんだお?」

多分今僕は物凄い間抜けな顔をしているだろう。
何故ツンがここに?
というか、もしかして殺すところを見られた?

「なんかイライラしてたから、つい、ね。」

そう言うと、ツンは彼女の後ろを指差す。
そこには仰向けに倒れて腹をぐちゃぐちゃにかき回された死体があった。
僕が耳と目を潰して転がしておいたあの男だ。

「内藤だって、なんとなく落ち着かなかったからこいつ等殺すために外に出たんでしょ?」

ツンの顔には、あの日の屋上で見せたような満面の笑み。

「で、偶然内藤を見つけたと思ったら、なんか内藤気絶しちゃってるし、起きるのずっと待ってたんだから。」



57 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:40:01.71 ID:3evcZIzy0
それを聞いて、僕はさらにきょとん、となった。
ツンの口から発せられた言葉に、完全に僕の思考は停止していた。

―――ちょっと、ちょっと待ってくれ。
――――じゃあツンは、待っていてくれたっていうのか?
―――――あの、鍵を開けて起きた先のこの世界で、待っていてくれたっていうのか?

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

突然笑い出した僕にツンがぎょっとする。
だが、僕のほうはそんなツンにはお構い無しに笑い続ける。
とても愉快な気分だった。
両親が離婚してから、こんなに純粋に、ただ嬉しくて笑ったことは初めてだろう。
こんなに心の底から嬉しいと思えて笑えたのは初めてだろう。
僕はたまらずその場で横になって笑い転げる。

「・・・・・・内藤?大丈夫?」

ツンが恐る恐る、しかし心配そうにコンクリートの冷たい床を転がる僕に声をかける。

「はは、なんでも、はははははは、無いお。ははははははははは、ちょっと、嬉しくて。しかし、これは傑作だお、はは、僕を待ってたって、ははははは。」



58 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:40:34.86 ID:3evcZIzy0
笑いながらも僕はツンに返事をする。
余りにも僕の笑い声や笑い方が激しいので、ツンはいよいよもって本気で心配し始めた。
僕の額からは血が流れているから、殴られたか何かしたショックで僕が頭がおかしくなったと思っているのだろう。
僕の額の傷を診ようと近づいてくるツンから顔を背けるように、僕は顔を下にしてうずくまる。
そして目の端を気づかれないようにそっと手でぬぐった。
嬉し涙とはいえ、ツンに泣いてる姿を見られたくなかったから。





第五話・完




62 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 21:59:42.39 ID:3evcZIzy0
6、寂滅為楽

数えて無いからわからないが、かなりいいスコアだと思うよ。

     ―――”散歩殺人鬼”ハワード・アンルー
         散歩に出かけている十二分の間に十三人を射殺した殺人犯。
         上の台詞は警察に包囲された彼の家に電話をかけた新聞社の「何人殺した?」という質問に答えて。



高いビルばかりが居並ぶオフィス街を一人の男が歩いていく。
日に焼けた浅黒い肌をした少し目が大きめの精悍な顔つきの男だ。
茶に染められた髪の毛は寝癖がついたままボサボサで、ファーのついた茶色のコートを着ている。
いかなる歩法を用いているのか、男は多くの人々でごった返しているオフィス街の中を、他人にぶつかる事無く颯爽と人を追い抜いて歩いていく。
と、目的の場所についたのか、男がふと足を止めた。
国内でも有数の電気会社の本社ビルの丁度真横にくるあたりだ。
男の後ろを歩いていた会社員が、突如として歩みを止めた男に、迷惑そうな視線を向けつつも、男を避けるようにその横をすれ違い、追い抜いていこうとする。
しかし、完全には男を避けられず、男の肩と会社員の肩が盛大にぶつかった。


63 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 22:00:22.25 ID:3evcZIzy0
ぶつかった瞬間に会社員がびくりとした。
なんというか、男は会社員よりも上背があったし、日に焼けた肌はどう見たって不健康なようには見えない。
妙ないさかいを起こしたら――
だが、予想に反して男はぶつかってきた会社員の方になど一瞥も向けなかった。
会社員はこれ幸いとばかりにそそくさとその場を離れながら、首を捻る。
男の肩と自分の肩がぶつかった瞬間、なんというか、巨大な岩や柱にぶつかったように、ぶつかっていって力が全て自分に返ってきたのだ。
事実、衝撃に一歩下がった彼に対して、男は身じろぎ一つしなかった。

―――なんなんだ?あの人は。いや、そもそもあれは人なのだろうか。まるで壁か何かにぶつかったような感触だったぞ。

そう思いつつも、立ち尽くす男を眺める。
男は何かを待つように、顔を天に向けて空を眺めている。
いや、空を眺めているわけではない。男のまぶたは閉じている。
そう、まるで視覚など無駄な感覚であり、男がこれからしようよしている事にはかえって邪魔になってしまうとでも言いたげな―――
その時、一陣の突風がオフィス街を吹き抜けた。
巨大なビルの正面にぶつかった風が、ビルの正面を避けてビルの両側面を吹き抜ける現象、ビル風だ。


64 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 22:01:09.94 ID:3evcZIzy0
ビル風の吹き荒れる中、天に向けて突き出すようにしていた顔で最も天に近いもの、男の鼻がピクピクと震えた。
まるでビル風に混じった臭いを嗅ぎ分けているかのように。
そして何回か鼻を動かしていたかと思うと、男は急にこれまで動かしていた鼻の動きをぴたりと止めて呟いた。

「―――見つけた。」

小さいながらも良く響くその声は、ビル風にかき消される事無く、男から離れていっている彼の耳にも届いた。
すると、ビル風が止んだ瞬間、男が唐突に走り始めた。何の予備動作も無い、制止していた態勢から一瞬のうちに疾走の態勢に入った。
それも、車道に向かって。
男は多くの車が行きかう、信号も横断歩道もない車道を横切り始めたのだ。

――――おいおい。

そう思ったときには男は既に車道を渡り終えている。
信じられないほどの速さだ。まるで野犬や猟犬のような、獣じみた身ごなしと素早さだ。陸上の世界選手ですらあれほど早くは無いだろう。
早すぎてよく分からなかったが、男は衝突しそうになった走行中の車のバンパーの上に飛び乗り、歩いていったように見えた。
完全に無音だったため、殆ど気づいたものは居ないし、あの早さだ。走りはじめる前から男を見ていた彼以外は、あの男の破天荒な行動に気づいてはいないだろう。
そうこう考えているうちに、男の姿は人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。
しかし、疾走していた男とぶつかりそうになっていた車が、その後も何事も無く走っているところを見ると、彼が見ていたのは幻なのではないかと思ってしまう。



65 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/21(火) 22:01:33.45 ID:3evcZIzy0

―――本当に、一体なんだったんだろう、あの人は。

首を捻りつつそう思った彼は、いつの間にか自分が足を止めていた事に気がついた。
路上の真ん中で足を止めている自分に、周囲を通り過ぎていく人間が迷惑そうな視線を飛ばしてくるのを見た彼は、急いで歩きはじめる。
彼はこれから得意先の会社廻りをしてこなければならないのだ。
それっきり彼は先ほどの不思議な男の事を思考から完全に除外した。


134 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:42:46.10 ID:ZLnA6Ds/0

あの一件から二週間がたった。僕は変わらずに学校に通い続けていたし、先生にもよく叱られていた。
部活には一週間に二回ほどの割合で参加しているし、家に帰っても相変わらず誰も僕を待つ人間は居ない。
それでもあえて変わった事をあげるなら三つほど。
一つは、あの日以来彼女の夢を見なくなったという事。
もう一つは、僕に見えるようになったものがあるということ。
自転車で学校へ向かう道を登校中の僕のまわりには、学校のそばまで来ているということもあって、多くの生徒が歩いていた。
何の変哲も無い日常風景だ。しかし、僕には彼ら、彼女ら一人一人の胸の真ん中に鍵穴が見える。視線を自分の胸に落とせば、やはり自分の胸にも鍵穴がひとつ。
人の服の上からぽっかりと穴を開けているように見えるそれは決して現実に存在するわけではない。
なんというか、それは“イメージ”なのだ。
うまく説明できないが、僕の脳が人間の中にある何かの要素を“鍵穴”として捉えていて、自分の目にだけそれが実際に存在するように錯覚して映る。
僕は学校の駐輪場に着くと、自転車にチェーンをつける。
自転車から降りると、制服のポケットに手を入れる。
ひんやりとした、鉄の感触。
僕の家の鍵だ。


136 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:43:04.55 ID:ZLnA6Ds/0
一週間前のあの日、自分の中の扉の鍵を開けたあの日。
これを使えば僕の鍵は開く。だが、周囲を行きかう人々の鍵を開けられるかどうかとなると、答えは否だろう。
これは僕の鍵であって、他人のではない。
鍵は、鍵穴ひとつひとつで違う。そうでなければ鍵の意味が無い。
朝の学校の廊下で、周囲を見渡していると(正確には周囲の人間についた鍵穴を見渡していると)、その中に見知った顔を見つけた。ツンだ。
ツンには鍵穴が無い。
おそらく、もう開いてしまったからだろう。
そして、一週間前のあの日から変わった事のうちの、最後のひとつがこのツンだ。僕は三日に一度ほど、深夜にツンと会っている。
ツンを眺めていると、ツンもこちらに気づいたのか、不機嫌そうに目を細めて舌打ちした。
「今夜会おう」の合図・・・・・・、だったはずだ。
ツンは学校では今までどおりに接すると言っていた。
僕らが二人でやってきたことを考えると、僕らがここ数日で変わったことを周囲に知られるのは得策ではないそうだ。
「会う時は内藤に向けて舌打ちするから」と言っていたはずだ。しかし、人前でこうまで面と向かって、不機嫌そうに舌打ちされると、なんだか心に寒々とした感覚が残る・・・・・・・・・。
それでもそのままツンを眺めていると物凄い形相で睨まれた。
・・・演技ですよね?ツンさん。
思わず敬語で尋ねてしまいそうだった・・・。




137 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:44:09.84 ID:ZLnA6Ds/0
八時三十分。
HRが終わって授業が始まった。

「・・・・・・・・・・・・。」

最近、無言で何か考えてる事が多くなったな、そう思いつつあの日の夜のことを思い出す―――



「一人で三人も殺しちゃうなんて、やっぱり内藤も2ちゃんねらだったのね。」

死体からメスを引き抜くのを手伝ってくれつつ、ツンがそう言った。

「2ちゃんねら?なんだお、それ。」

死体の腹を裂きながら僕が答えを返す。
こうして腹を裂いて腸を露出させておいた方が腐食が早いのだ、とツンが笑いながら説明してくれた。

「何って、内藤も見たんでしょ、動画?」
「動画?」

あらかた、死体三つ分の腹を裂き終わって、最初に刺した男の喉に残ったままになっているメスの破片を抉り出す。
ゴムとゼラチンの中間のような感触が気持ち悪い。血だか油だかで、指を動かすたびにクチュクチュという音が立つので、さらに気持ち悪い。
今すぐやめてしまいたかったが、死体からメス等と言う医療器具が発見されれば、あっという間に捜査は僕の近辺まで及ぶだろう。
背に腹は変えられない。



138 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:46:56.76 ID:ZLnA6Ds/0

「だから、ウイルスにPCのホームページ書き換えられたでしょ?あの時に見せられた動画よ。」

ツンの声に少し苛立ちが篭った。

「あの変な音とか絵がでてくるやつかお?」
「ああ、もういいわ。面倒だし、行くわよ。」
「いや、まず額の傷止血しないと・・・」
「あのね、そんな傷くらい、今のあんたなら放っといても直るの。」

額の傷を抑えてみれば、もう血が止まって、かさぶたどころか新しい皮膚ができている。

「な・・・・・・。」
「ほら、ぼーっとしてないでさっさと歩く歩く。」
「ちょっと待ってくれお、行くって一体何処へ―――」

僕がきょとんとしながらも、死体の喉から取り出したメスの破片をハンカチに包んでパーカーのポケットに入れる。

「内藤の家。」

きょとんとしている僕に、ツンが短く、ハッキリと言った。





139 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:47:31.51 ID:ZLnA6Ds/0

「おじゃましまーっす。」

僕の家に着くなりツンはそう言って遠慮なく家の中を進んでいく。
何故僕の家に行くのかを聞いたところ、「こんな時間に私の家にあんたを連れてったら、家族から何言われるか分からないわよ」と一蹴されてしまった。

「ちょ、ツン、そっち僕の部屋じゃないお。」

僕は父の部屋に入ろうとするツンを押しとどめて、僕の部屋へ案内する。
父の部屋には誰にも入って欲しくなかった。
できれば、ずっと今のこの状態のままにしておきたかった。
なんて、馬鹿馬鹿しい感傷。

「ふーん、結構いいパソコン使ってるじゃない。うわ、液晶画面。」

ツンは僕の部屋に入るなり、PCデスクの前にある椅子に座り、迷わずPCの電源をつけた。
ウィンドウズが起動するまでの間、椅子に座った彼女は講師か名探偵のような気取った態度で僕へと話しかけてくる。

「さて、内藤君は2ちゃんねるについてどこまで知っているのかな?」

冗談めかした口調で質問してくる彼女と、何時も学校でつんけんしている印象しかない彼女のギャップに、僕は戸惑ってしまう。
そうこうしているうちに、ツンは僕の返事を聞かずにさっさと話しを続けていく。



140 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:48:21.03 ID:ZLnA6Ds/0

「なに?内藤君は何もしらない?でもネット初心者の内藤君には仕方の無い事です。内藤君のような原始人はネットを使いこなせずに情報化社会の波に乗り遅れてこの先も就職できずにニート街道を(ry」
「いや、ツン、はやくその2ちゃんねるってのの説明頼むお。ウイルスなんじゃないのかお?」
「やがて還暦をすぎてもニートの内藤君は、少子化から年金も貰えず、血を売って暮らすようになりますが、それだけではとても暮らしていきません。そしてついに内藤君は自分の臓器を―――」
「ちょwww妄想はもういいいおwwwww」
「最初は二つ以上あるものからです。腎臓、肺、それに皮膚等、それでも足りなくなるとついに内藤君は片方の目の角膜を―――」
「おまwwww戻って来いおwwwww」

僕がツンの目の前で右の掌をひらひらさせていると、ウインドウズが完全に起動した事に気づいたツンが妄想の世界から帰還。
インターネットエクスプローラーを起動してURLを打ち込む。
よほど打ち込みなれているのか、その指に迷いは見られない。

「何これ、全然開かないじゃない。回線何よ?」
「え?ケーブルだお。」
「は?光回線通ってないの?何時の時代の人間?」
「・・・・・・・・・・・・。」

目的のURLが開き終わるまで退屈だ、とばかりにツンが再び講釈をはじめる。



141 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:49:06.20 ID:ZLnA6Ds/0

「よく超能力を持ってる人間なんかを、受信してるテレビのチャンネルの違いなんかで表すでしょ?」
「?、いや、よくわからないお。」
「現代伝奇物とか読まないの?ともかく、私達なんかが受信してる普通のチャンネルとは違って、超能力者とかは別のチャンネルも開いてるって感じの例えよ。」
「じゃあ僕等は―――」
「ええ、そういう事。結構物分りはいいみたいね。普通の人間に開いているチャンネルを1チャンネルだとすれば、私達に開いてるチャンネルは2チャンネル。それが2ちゃんねるの名前のもとになってると言われてるわ。」

すると、ツンの目的のページらしい掲示板がインターネットエクスプローラに表示された。

「なんだおこれ?VIP?」

掲示板の名前だろうか。
ページの一番上にでかでかと「VIP」と書いてある。
僕が前に2ちゃんねるについて調べた掲示板と似ているが、それほど賑わっているようには見えない。
ツンがページを下にスクロールしていくと、急にメディアプレイヤーが開いた。
そこに映ったのは、2ちゃんねるに感染して見せられた、あの動画。

「な・・・・・・ッ!!!!」
「慌てなくて良いわよ。私達みたいに、もう”開いてる”人間が見てもなんとも無いわ。」


142 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:52:30.92 ID:ZLnA6Ds/0

驚く僕を尻目に、ツンは「スレッド一覧」と書かれた部分をクリック。
掲示板内のスレッドの一覧が出てくる。

「あった、初心者スレよ。」

そう呟くと、ツンはマウスを操作して、スレッドの一覧から「VIP初心者用スレ」と書かれたスレッドをクリックする。

「ここは私や内藤みたいなのが集まる掲示板。っていうか、そういうの専用の掲示板よ。」

ツンはそう言って、スレッドを下へスクロールしていく。
やがて、一番上に「テンプレ」と書かれた書き込みを見つけ、画面の上からそれを指差す。

「詳しくはここを読んで。」

僕は言われたとおりにその書き込みを読む。



143 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:52:50.71 ID:ZLnA6Ds/0

【VIP初心者用テンプレ】
2ちゃんねらー専用掲示板、『VIP』へようこそ。
ここは2ちゃんねらー同士がお互いに情報を交換し合う場です。
とりあえず、初心者はまずこのテンプレを読んでください。

1.2ちゃんねるって?
貴方がここのトップで見せられた動画のURLと、あなたのIE、ネスケ等に設定されたホームのURLを書き換えるウイルスです。
製作者は不明。最近は、URLをブラクラやグロ、ウイルスの仕込まれた物に書き換える亜種の方が多く流れているようです。
動画のURLが鯖に消されても、しっかりと別の場所に動画をUPして、ウイルスの書き換えるURLに設定されているので、少なくとも一週間おきほどのペースで2ちゃんねるを流している人間(集団?)がいるようです。

2.2ちゃんねるに感染するとどうなるの?
てっとりばやく言うと、貴方は”変化”します。個人差があるようですが、肉体的にも精神的にも丈夫になります。早い話、死ににくくなります。やったな、オイ。
動画か、音源かはわかりませんが、あの動画は貴方の脳になんらかの作用を及ぼし、R領域(つーか、脳幹?)に変化をもたらすようです。
自分の脳みそ掻っ捌いて確認しようなんて奴は居ないので、あまり確かな論拠はありませんが、それがVIP内での通説になってます。
VIPでは「変化した脳のせいで肉体も少しずつ変異していく」という説が定着しています。



144 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:53:14.13 ID:ZLnA6Ds/0
3.2ちゃんねらーって何よ?
2ちゃんねるによって書き換えられた動画、またはここのトップページにあった動画で2チャンネルを”開かれた”人間の事を指します。
今ここでこのテンプレを読んでるおまえだよ、馬鹿。
とりあえず、普通の人間が見ている世界や感じている世界を1チャンネル、我々が今感じさせられている世界を2チャンネルと、暫定的に呼んでいます。

4. なんか人殺しについて話し合ってる連中居るんだけど、大丈夫なの?
大丈夫です。管理人氏によると、あの動画を見て”開かなかった”人間は、このページをもう二度と開こうとしなくなるそうです。
(*注・どうも、動画を見ても”開く”人間と”開かない”人間が居るようです。)
また。この掲示板も、管理人氏の自鯖の上にあるので、発言が削除されたり、掲示板が突然鯖管に消される等という事はありえません。
2ちゃんねらーになると、急に人が殺してみたくなったって人が多いみたいですが、あくまで自己責任で。

5.管理人氏って誰よ?
FO糞、じゃなかった、FOX★氏の事です。
このHPの管理人ですが、自分の悪口が書き込まれるとすぐに削除します。
詳しい事は分かりませんが、”2ちゃんねる”についても何か知っているようです。

6.名無しさんって奴、たくさん居るんだけ―――


「・・・・・・、こんなページがあったのかお。」

読みながら僕は思わず呟いていた。



145 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:53:55.33 ID:ZLnA6Ds/0

「まあ、情報交換なんて言っても、殆どは雑談したりしてるだけだから、一種の趣味や暇つぶしみたいなものよ。」
「ふーん、そうかお。」
「普段からあまり掲示板とか利用しない人は、ただ他人の書き込みを見てるだけって感じらしいわね―――って、何やってんの?」

とあるスレッドを開いて、ヘッドホンを頭につけ、おもむろに携帯に番号を打ち込み始めた僕を見て、ツンが訝しげに質問してきた。

「このオールニート日本っての、面白いお。みんなでリアルタイムで参加できるラジオ番組みたいだお。」

僕の開いたスレッドのタイトル欄には「魔少年のオールニート日本」。
ヘッドホンからはスレッドの書き込みや、かかってきた電話に対応する男の声が聞こえてくる。
男のHNは魔少年DT、と言うらしい。
僕は居てもたってもいられなくて、即電話をかけた。
一コールですぐに相手が出る。

「あ、魔少年さんかお。僕は、ガ・・・・・・ッ。」

携帯ごしに男に話しかけていた僕の鳩尾を、ツンの拳が容赦なく抉った。



146 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:54:24.31 ID:ZLnA6Ds/0

「な・・・?な、な・・・・・・。」

衝撃で携帯を取り落とす僕。
落ちた衝撃で、変なボタンが入ったのか、通話が切れてしまう。

「人が真面目に説明してるのに、何やってんの?」

ツンが怒りを押し殺した声でそう言ってきた。
怖い。

「す、すまんかったお、ツン。」

正直に謝るが、ツンの表情はまだ険しいままだ。
スレッドを更新してみると、突如として切れた僕の電話に驚いた書き込みがいくつも寄せられていた。

「ちょwww何があったんだ?wwww」
「ガッって言ってたぞwwww何かに巻き込まれたんじゃね?www」
「通報しる、通報。」
「魔少年DT:いや、非通知だったから通報のしようが無い。」
「ネタだろ?」
「ネタだとしたら迫真の演技だったな。」

僕は彼等の会話を名残惜しそうに見ながらも、スレッドを閉じた。

「いい、内藤。あくまであんたがあんた自身の状況を把握するためにVIPを見せてるんだから、遊んでないでちゃんと―――」


148 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:55:06.34 ID:ZLnA6Ds/0

そこで、モニターを覗き込んでいたツンが急に僕からマウスを奪って、一つのスレッドを開いた。
スレッドのタイトルは「馴れ合いはVIPから出て行け」。
僕をPCデスクの前から押し退けると、物凄い勢いで文章をタイプしていく。
そして、書き込み。

「はいはい^^;また懐古ごっこの馴れ合いスレか^^;
 君たちは何時だってそうだ^^;ただ文句を言ってみたいだけで自分から何かやってみようとは思わない^^;
 そんなに今のVIPが嫌だというならさっさと出て行くなり新しい掲示板を作るなりすればいいんだ^^;
 不平を言うだけなら豚にでもできるよ^^;行動しなきゃ、人間なんだから^^;」

ツンのその書き込みを見て、僕は口から心臓を吐き出しそうなほど驚いた。
その書き込みに使われている顔文字、そして特徴的な口調は、僕が別の掲示板で遭遇した奴と全く同じものだった。

「・・・・ツン、その顔文字・・・。」
「ああ、これね。簡単に打てるし、なんとなく余裕も表現できるしで重用してんの。」
「・・・・・・・・・・・・。」

なんだか複雑な気分だった。
ここで文句の一つや二つでも言ってやりたいが、あの”ゆとり君”と呼ばれていた、どうやらネットでは「痛い人」に分類されるのが、僕だったと知られるのはなんとなく恥ずかしかった。
結論、知らない振りをするしかない。


149 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:55:53.59 ID:ZLnA6Ds/0
「まあ、最近はVIPだけじゃなくて、他の掲示板でも使ってるけどね。Vipperなんて、大抵どこかの掲示板と掛け持ちしてる奴ばっかりよ。」
「Vipper?」
「この掲示板、『VIP』の利用者よ。2ちゃんねらーの全員が全員VIPを利用してるってわけじゃないの。2ちゃんねらーになっても人も殺さずに今までどおりに暮らしてる奴もいるらしいし。」
「そうなのかお。」

そんなやり取りを続けるうちに、僕等は次第に当初の目的を忘れ、純粋にVIPで遊び始めた。

「コテ名乗るお。」
「やめときなさい。コテなんて自意識過剰の自己顕示欲の塊みたいな連中の仲間入りなんて。」
「ツン、何かコテに嫌な思い出でもあるのかお?」
「うるさいっ!」
「うわ、やめて!鳩尾はやめて!痛い!痛い!」

ツンとVIPに書き込みを続けているうちに、僕もだんだんとVIPで使われる不思議な言葉の意味を理解できるようになってきた。

「うはwwwテラワロスwwwwマジおもすれーwww」
「はいはい、覚えたばかりだからって、やたらと使いたがらないの。」



150 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:56:59.23 ID:ZLnA6Ds/0

実際、VIPは面白かった。
べらぼうに面白かった。
利用者が特定の人間に限られるからだろう、利用者の数はそれほど多くは無いが、なんというか、個性的な連中ばかりでおもしろい。
下ネタばかりに走る奴、無茶苦茶口の悪い奴、理屈の通じない奴、本当に頭がおかしいとしか思えない奴、ともかくいろんな奴が居る。
書き込みにどんなレスがつくかも十人十色で、見ていて飽きない。

「スレ立てるお。『今、隣にクラスの同級生(女)がいるんだけど』」
「さてと、『>>1の幼馴染です。このたびは>>1がこんな糞スレを(ry』、と」
「ちょwwwwおまwwww」

僕がPCから書き込み、ツンが携帯から書き込む。
二人がかりで自作自演したり、からかいあったり、煽りあったり。
そんなやりとりが、ツンが「そろそろ寝なきゃ明日に響く」と言って家に帰るまで続いた。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
帰り際にツンが言った。



151 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:57:17.68 ID:ZLnA6Ds/0

「私ね、内藤の事ずっと大嫌いだった。何時もヘラヘラしてて、人が一生懸命生きてるのに、2ちゃんねらーになった時も、真っ先に内藤を殺してやろうと思ってた。」
「ちょwwww」
「でもさ、そんな風に笑えるんじゃん、内藤も。」

ツンが笑った。
やはり、あの屋上で見せたような、柔らかく透明な笑い。
ただひたすらに純粋で、笑いたいから笑っているというだけの、シンプルな笑い方。
きっと、今の僕の顔もツンと同じような表情をつくっているのだろう。
背を向けて離れていくツンが振り返った。
僕は大きく手を振った。
一度手に入れたそれを、二度と失わないように。
必死に手を振ったのだった。






第六話・完



152 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 19:58:28.55 ID:ZLnA6Ds/0
次か次の次あたりで戦闘描写に向けて新展開いれる。
早く戦闘描写が書きたい。
もう設定撒き散らすのは終わりにしたい。



157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/22(水) 20:14:25.27 ID:w/l6rxYnO
やっぱ俺ツンデレ好きだわ


167 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 20:48:21.92 ID:ZLnA6Ds/0
7.天涯比隣

俺が死んで楽園で生まれ変わったとき俺が殺した連中はみんな俺の奴隷になる

     ―――”ゾディアック”本名不明。
          未だに未解決の連続殺人犯「ゾディアック」が警察に届けた暗号文を解読したものの一節。



「出ろ」

牢獄の中の少女に声がかかった。
その空間の中に居るのは少女と、鉄格子を挟んで三人の男達。
声をかけてきたのは三人の男達の先頭に立つ、がっしりとした体躯の看守だ。
牢獄。そう、そこは紛れも無い牢獄だった。
鉄格子つきの、これまた鉄格子のはめられた窓がひとつしかない、薄暗くしめった部屋。
そして中に入っているのはどうみても小学生にしか見えない、長い黒髪の少女だ。
本来なら、そのような少女の入っている場所ではない。
この国において14歳未満の人間は少年法によって、刑務所どころか少年院等の矯正施設に入れることすらできない。
せいぜい家庭裁判所で審判され、保護処分がつく程度だ。
しかし、少女の収容されている独房はただの監獄ではないし、この少女が何者なのかを考えれば、少女一人に対する処置にしても大げさすぎるものではない。
ここは少女のような“種類“の人間を収容するために造られた施設なのだから。


168 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 20:52:38.48 ID:ZLnA6Ds/0
「出ろといっている!!」

看守が苛立ちを含んだ声で再びそう言った。
いや、苛立ちなのではない。その顔に浮かんでいるのは恐怖だ。
大柄な体躯の大の大人が、自分の半分も生きていない幼い少女に完全に怯えていて、それを隠すかのように、自らを奮い立たせるかのように大声をあげたのだ。
だというのに、少女は看守へと視線を向けないどころか、眉一つ動かさない。
“強い”人間はただそこに居るだけで場の空気を支配する。
看守の目の前に居る少女は完全にこの場の支配者だった。

「うう・・・・・・・・・ううう・・・・・・。」

看守は精神的に追い詰められた者特有の表情で、引きつるように震え続ける唇の奥からうめき声を出した。
この施設ができてまだ半年とはいえ、数多くの凶悪犯達を相手にしてきた看守が、この少女の前では完全に恐怖に萎縮しきっている。
だが、それも仕方の無いことだろう。看守の目の前に居るのは、一日で百人近くの死者、重傷者を出した、この収容施設の中でも最大の危険人物とされている少女なのだ。
聞けば、世間的には保護観察処分が下されただけとなっているこの少女は、この収容施設に運ばれてくるときに、看守などの職員を七人も病院送りにしたと言う。
事実、少女がこの収容施設に入れられた日から、看守の同僚数人も欠席している。
さらに、あくまで噂だが、少女は警察に押さえつけられるまでに、カッターナイフ一本で警察官4名を殺害、3名に重症を負わせたらしい。
看守の視線にも視線と恐怖のような物が混じる。

―――なんだ、なんなんだこいつは!出ろと言っているのに、聞こえているのに何故何も反応しない!!

「ちゃんと返事はするように。いくら子供でもそれくらいの常識は知ってるだろう?」

その時、看守に救いの手が差し伸べられた。
看守の後ろに居た二人の男達、そのうちの一人が看守をかばうように声をだしたのだった。
看守にこの部屋まで案内されてきたのだろう、看守の後ろに立っていた、肩まで届く髪を持った黒髪黒瞳の男と、明るい茶に髪の毛を染めた癖毛の男の内、声を発したのは黒髪黒瞳の方だ。
鋭利な刃物を思わせる鋭い視線の持ち主で、どこか酷薄な印象がある。
看守がその男を見て安堵の表情を浮かべると、男はさらに言葉を続けた。

「出て来い、と言ってるんだ。」


169 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 20:53:20.69 ID:ZLnA6Ds/0
男の硬い声が発せられた瞬間、空気が一変した。
これまでは完全に少女が支配していた空間に、無理やり男の威圧感が割り込んだ。
側に居た看守すらびくりとする程の威圧感。
只者ではない。
それに対して、牢獄の中の少女は初めて彼らに気づいたように、初めて彼らに興味を盛ったかのように視線をゆっくりと向けた。

「聞こえてるわよ。うるさいわね。」

少女が気だるげな、心底面倒そうな表情と声色でそういった。

「聞こえているのならさっさと出て来い。」

対して、男は短くきっぱりと、自分の要求だけを端的に伝える。

「はいはい、出ればいいんでしょ、出れば。」

そう言って、少女がゆっくりとした動作で立ち上がる。

「待て、手に握っているそいつを捨ててからにしてもらおうか。」

男がそう言うと、少女は軽く舌打ちして手に握っていた先端の尖った棒状の物体を放り投げた。金属が床にぶつかる音。棒状の物体が床を転がる。
それを見て看守は目を丸くした。
床を転がっていたその物体は、鉄格子の一部だったからだ。
窓をみれば、そこにはめ込まれた鉄格子のうち、一番隅にあった物の一部が切り取られている。
窓の鉄格子は、入り口の鉄格子と比べて細いが、人の手で折れるような物ではない。
看守の顔が目を見開いた状態から青ざめる。


170 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 20:54:20.40 ID:ZLnA6Ds/0
―――どうやってあの高い窓の鉄格子を取ったんだ・・・!!!床から窓まで四メートルはあるぞ・・・・・・!!!

見れば、切り取られた鉄格子の先端は斜めに切られていて尖っている。

―――いや、それより、それよりこいつはこの鉄格子で何をするつもりだったんだ・・・・!!!

何も知らずに自分が先頭に立って少女を部屋から出そうとすると、少女が急に走りよってくる。そしてその手の中には先の尖った鉄の棒が―――
その様を想像して看守の体がぶるりと震えた。

「おまえはもういい。仕事に戻れ。」

看守の様子を見て、黒髪黒瞳の男が言った。看守は青ざめてガクガクと頭を縦に振り、その場から逃げるように離れていくが、男の後ろに立る茶髪の男は特に動じた様子は無い。
「にこにこ」と「へらへら」のちょうど中間のような笑いを顔に張り付かせながら突っ立っているだけだ。
このやりとり自体に興味が無いのかもしれない。

「で、こんな独房に閉じ込めといていまさら何の用があるわけ?」

少女が今までの気だるげな表情から一変して、相手を挑発するような、小ばかにするような皮肉げな表情を作る。
声は不機嫌だが、その表情はどこか楽しそうにも見える。

「14歳未満は犯罪を起こしても家庭裁判所で保護処分を言いつけられるだけ。私でも知ってるんだけど、なんで私はこんなところに閉じ込められてるわけ?」

少女のその質問に、男も皮肉げな表情を作って答える。

「14歳未満の“人間”はな。おまえみたいな化け物に、2ちゃんねらーに法律どおりの普通の処分なんて下せるか。」



171 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 20:55:16.65 ID:ZLnA6Ds/0
男の返事を聞いて、ひっどーい、と少女はおかしそうに笑ってみせる。

「で、なんで今更になって外に出ろって?」
「仕事だ。お前に選択権は無い。ここから出してやる代わりに働け。」
「やだって言ったら?」
「おまえが一生この独房にこもり続けるだけだ。」
「・・・・・・・・・。」

少女が男を静かに睨む。幼いながら、その視線には並みの者なら一秒とて正面から受けていられないほどの殺意が篭っていた。
しかし、少女は男を数秒睨みつけると、観念したように再び口の端を吊り上げ、皮肉げな笑顔を作る。

「ま、ここから出してもらえるってんならそれくらいいいけどね。で、仕事って何すればいいの?自慢じゃないけど、私頭使うのは苦手よ。」
「おまえにできる事なんて一つしかないだろうが。」
「そうね、子供の私を働かせようってんだから、そこら辺の大人よりも私のほうが上手い事、つまり―――」

男は新底つまらなそうに、少女は顔全体で楽しさを表現するように屈託無く笑いながら言った。

『―――人殺しだ。』

男と少女の声が重なった。


178 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 21:57:34.77 ID:ZLnA6Ds/0
「あ、雪だお。」

文芸部の部室目指して部室棟を歩いていると、廊下の窓から雪が見えた。
牡丹雪だ。積もらずにすぐに溶けてしまうだろう。
雪が降るのを眺めていると、犬ではないが庭を駆け回りたくなる。
そんな風に窓から学校の外を眺めていると、学校の裏手にある靴屋に「クリスマスセール」という暖簾が上がっているのが見えた。
靴とクリスマスとどんな関連性があるのかは分からないが、その靴屋を見ていて今日がクリスマスイブだという事に思い至った。
どうりで朝から町の空気が浮き足立っているように感じたのだ、と一人で納得していると、いつの間にか文芸部の部室にたどり着いていた。

「おいすー」

適当に挨拶をしながら部室に入る。
部長も軽く顔をあげて挨拶してくる。

「やあ、内藤君。」

部長は机の上で何かの作業に集中しているらしく、再び視線を机の上に落とした。
見れば、自分の左手の付け根にカッターナイフを押し当てている。
リストカットだ。
指で身長に脈を測って、手首を切ろうとしているらしい。
僕は少し呆れながらも、適当な本棚から本を探す。

「止めないんだね。」



179 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 21:58:52.00 ID:ZLnA6Ds/0
背中に部長から声がかかったので、僕も返事を返す。

「やりたいならやればいいですお。ただ、脈探して静脈なんて切っても死ねませんお。」

部長の持っている本の傾向から、部長が自殺というものに対して興味を持っていることは知っていた。
前々から「完全自殺マニュアル」を読みながら僕に「どの死に方が一番苦しくないのかな」等、色々と質問してきていたし、いまさら驚く事はない。

「リストカットなんてするのはよっぽどのマゾが馬鹿だけですお。手首の動脈切るには、静脈切って腱切って、そこからさらにぶっとい神経を切らなきゃいけないんですお。」

呆れながらも適当に部長に声をかける。

「部長の力じゃ、動脈切るまでに何回もカッターナイフを動かさなきゃいけないと思いますお。
 痛さの割には全然死ねないんですお、リストカットは。」
「・・・・・・・・・、流石お医者さんだね。」
「医者志望、ですお。」
「・・・・・・・・・・・・。」

部長はそれっきり黙って手首からカッターナイフをどかすと、鞄から本を取り出す。
タイトルには「娑婆 我が生涯」。まだ読み終わっていなかったらしく、最後の方のページを開いていく。

「これ、誰が書いたかしってる?」
「知りませんお。」
「吹上佐太郎。大正時代の連続少女殺人鬼。」
「・・・・・・・・・・・・。」

また部長のそっち系の知識の薀蓄が始まった・・・・・・・・・。



180 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 21:59:16.25 ID:ZLnA6Ds/0

「これはね、吹上佐太郎が独房の中で書いた本なんだよ。発売と同時に発禁にされたんだけどね。」
「はあ・・・・・・・・・。」

「彼はね、死刑執行前に、ご飯だけじゃなくて自分の墓の前に既に供えられていた葬式饅頭まで全部食べたそうだよ。」
「そうですかお・・・。」

僕の気のない適当な生返事は続く。

「彼はどんな気持ちだったんだろうね。自分の死のために供えられた饅頭を生きながら食べるってのは。死ぬのを知りながら、それでもご飯を食べるってのは。」

部長が遠い目をして言った。
僕は答えない。
それは別に、何か適切な返事が見つからなかったからではなく、
部長がこんな事を言い出すのは何時もの事だからだ。
やはり、部長は答えなど望んでいなかったのか、再び本に目を落とした。
僕はなんとなしに部室の窓から外を見る。
雪はもう、止んでいた。






182 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 22:12:58.72 ID:ZLnA6Ds/0

部活が終わり、僕は自転車でまっすぐ家に帰ろうと、自転車置き場で自転車のチェーンを外す。
すると、ショボとギコがやってきた。

「やあ、内藤今から帰りかい?」
「今日おまえ暇?」

残念ながら、今日はツンと会う約束がある。
ツンと会うのは何時も夜中なので、問題は無いのだが、最近VIPに夢中な僕は、昨日の夜にVIPに立てたスレがどうなっているのか気になっていたので断った。

「ごめんだお。今日はちょっと用事があるんだお。」
「んだよ、つれねーな。内藤も今日はダメか。」
「仕方ない、僕も大人しくまっすぐ家に帰りますかね。一人でギコの歌を聴くのには耐えられそうに無い。」
「は?ショボ、前から思ってたけどおまえ、俺に喧嘩売ってるだろ?」
「とりあえず内藤、すぐに自転車持ってくるから待っててくれ。」
「は?無視かよ。」

ショボは学校の駐輪場を離れ、校門を出て行く。
しかし、二人は自転車通学ではなく、地下鉄で登校していたはずだ。
僕が素直に疑問を口にすると、

「ああ、地下鉄で登校してるからな、この駐輪場には自転車は無いな。」
「でも自転車を持ってくるって、どういう事だお?」
「ん?レンタルだよ、レンタル。」
「??????」


183 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/22(水) 22:13:28.87 ID:ZLnA6Ds/0
ギコの要領を得ない回答に僕が混乱していると、自転車を二台携えたショボが戻ってきた。
ギコは「レンタル」と言っていた、どこから借りてきたのだろうか。

「ギコ、内藤、なんとか二つ借りられたよ。」
「おーう。ところでショボ、またスピード上がった?」
「ああ、一台5秒あればいけるよ。」

ショボのその台詞で僕はピンと来た。
この高校から地下鉄の駅までは歩いてすぐ、目と鼻の先だ。
そして当然、地下鉄の駅の入り口周辺には路上駐車してある自転車がゴロゴロ。
さらに、ショボは屋上のダイヤル式の鍵を数字を一つ一つ試して開けてしまう程、指先が器用だし、根気もある。
そこから導き出される答えは一つ。
すなわち盗難自転車。

「・・・・・・・・・・・・。」

なんとなく良心がとがめたが、僕は黙っていた。
それから三人で自転車に乗った。
途中、ギコが道が分からないと言って、自転車を乗り捨てて近くの地下鉄の入り口へと入っていった。
ショボともその後別れた。
「レンタル」と言ったからには明日の朝に自転車で登校して、元の場所に返すものとばかり思っていたが、違ったらしい。
やはり良心がとがめたが、僕は黙っていた。
人を殺すのはOKで、盗難は駄目。
僕の良心はずいぶん都合の良い物になってしまったんだな。
そう思った。



257 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:25:19.12 ID:eOnXgA+v0

家に帰った僕は、リビングでテレビをつける。
家には正真正銘、僕以外誰も居ない。
父は死んだし、母はもう何処に居るのやら・・・。
でも僕は悲しくない。
僕はもっと大切なものを手に入れたから。

「焼きたらこマヨうめえwwwwww」

お握りをかじりながらニュースを見る。
三つの小学校に爆弾を仕掛けて死者27名、重傷者78名を出した事件の犯人、10歳の少女のファンサイトのようなものがインターネット上に作られているとの事。
コメンテーターによると、「事件の加害者を可愛い等と言って崇拝したり、事件の状況を詳細に書いた小説等で被害者やその遺族の感情を逆なでしている」らしい。
まあ、あれからVIPに夢中になっていた僕にとっては、そんなニュース「何を今更」と言ったところなのだが・・・・・・。
確か、「加害者の顔写真」として晒されていた写真に映っていた少女の着ていたシャツに、
Alaskaというアルファベットと、アラスカの部分だけ塗りつぶされアメリカ50州の地図が描いてあった為、インターネットでは「ラスカ」と呼ばれている。
聞くところによれば、ラスカも2ちゃんねらーだとか。
「インターネットだから何をしてもいいと、被害者やその遺族の感情を逆なでするような事をするのは不謹慎ですね」と、コメンテーターが締めくくった。
不謹慎、と来たか。
どこの事件当初はどこの新聞も連続コラムやら特集記事を書いていたし、稼ぎ時とばかりに色々な自称”専門家”達が好き勝手言っていた。
ニュースやワイドショーでも特集を組んで、被害者や加害者の周囲の人間にインタビューしまくっていたのだが、
それは不謹慎では無いらしい。
何故自分たちだけに事件の事を根掘り葉掘り聞き出したり、状況を予測、整理したりして騒ぐ権利がある等と思えるのだろうか。
不思議な連中だ。
そのニュースが終ると、次も殺人関連のニュース。
殺人事件特集でもやっているのだろうか。


258 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:26:33.80 ID:eOnXgA+v0
映ったのは、最近都内で起きている連続猟奇殺人事件。
被害者の死体から心臓だけを持ち去っていくという殺人鬼のニュースだ。
僕の脳裏にドクオの姿が浮かぶ。
被害者はあの頃から13人も増えて35人。
ここ最近はほぼ一日に一人の割合で殺している。
調子に乗りすぎだ。同じ街で生きる同業者(?)としては、目立たれて警察の捜査を厳しくされるのは迷惑以外の何物でもない。
なんとかしなければ・・・・・・。
そこまで考えた時、ドアのインターホンが鳴った。
ピンポーン、という音。

「内藤?」

ドア越しの声。
ツンだ。
鍵を開けてドアを開ける。
想像通り、そこにはツンの満面の笑顔。
それにつられて僕も笑い、ドアの鍵を開けた鍵をそのまま自分の胸に持って行き、もう一つの鍵をあける。
自分の胸に見えている鍵穴に、鍵を差込み捻る。カチャリ、という音。
周囲には、自分の胸の前で鍵をくるりと回したようにしか見えないのだが、僕の頭の中には確かに鍵を開けた感触と、音が響き渡る。
脳内に響いた音と共に、チャンネルが切り替わる。
瞬間、目に見える世界が開け、やけにクリアになる。


259 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:27:26.80 ID:eOnXgA+v0

「じゃあ、いこっか。」

ツンが微笑みながら言う。

「ちょっと待つお。」

僕はツンにそう告げて自室へと戻り、包みを持ってくると、その包みをツンに差し出す。

「はい。」
「なに?」
「クリスマスプレゼントだお。」
「開けていい?」

僕が無言で頷くと、ツンは包みを破く。
中から出てきたのは一本のメスだ。刀身は、銀色に鈍く輝いている。

「これは?」
「僕が始めて人を殺したときのメスだお。」

ツンに持っていて欲しかったから、僕がそう言うと、ツンはさらに表情を嬉しそうなものへと変えた。
心なしか、ツンの頬に朱が差しているように見える。
なんだか僕も気恥ずかしくなって、さっさと表に出る。



260 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:27:58.13 ID:eOnXgA+v0

「早く行くお。」

僕が先を歩き、ツンが後ろからついてくる。
人通りの少ない場所で獲物を探し回る。
しばらく歩いてると、ツンが僕を追い越して走り出す。

「ちょっとまってて。」

悪戯を思いついた子供のような笑顔でそういうので、大人しく待つ。
十分ほど待っていると、ツンが戻ってきた。
その手にはティッシュに包んだ何かが大事そうに握られている。

「はい、クリスマスプレゼント。」

言いつつ、ツンがゆっくりとティッシュの塊を開いて、中にあった球体を僕に見せる。
まず目に飛び込んだのが、鮮明な赤。
その中心に、ティッシュを朱に染めながら鎮座する眼球があった。
赤黒い血管や視神経が、眼球の裏側からぞろぞろと生えていて、その先にまだピンク色の肉や筋肉の欠片がこびりついていた。
ティッシュに染みこんだ血と、眼球の周囲にこびりついたままの血と油の混合物が納豆のように糸を引いている。

「綺麗だお。」



261 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:28:27.87 ID:eOnXgA+v0

僕はツンからティッシュごと眼球を受け取ると、目の前に持ってきて覗き込む。
みずみずしく、つつくたびにぷるぷると震える眼球。
瞳の色は青。
外国人のものだろうか。

「できるだけ綺麗な色のを探してきたの。」

ツンがはにかむように言った。
それで僕はなんだか無性にうれしくなって、照れ隠しに「さっさと獲物探すお」と言った。
ツンが笑った。
少し顔が赤くなってしまったのかもしれな。
やがて、人通りの少ない道の、さらに裏道に入っていこうとするカップルを見つけた。
人の来ない薄暗いところで何をするつもりなのか。
僕が呆れながらそのカップルを見ていると、ツンが「丁度いいのが見つかったね」と言った。
ツンは僕がプレゼントしたばかりのメスを。
僕はフェルトの鞘に納まった懐かしのバタフライ・ナイフを右手に握り、その手を後ろ手に隠しながら獲物に近づいていく。
メスは細かい作業には向いているのに、相手に深く突き刺したい時には向いていない事に気づいたので、中古ショップで買った物だ。
一時期、ナイフを持ち歩く中高生が増えて、ワイドショー等で若者の持ち歩くナイフの典型として生贄として捧げられてしまった、バタフライ・ナイフ。
暫くの間はどこの金物屋やツールショップでも手に入らなくなっていたそれを見つけ、妙な懐かしさを覚えてつい買ってしまった。
閑話休題。
僕は踵から身長に足を地面につけ、体重移動させながら、音を立てないように二人に接近していく。
2ちゃんねらーになってからというもの、ツンの言う”別のチャンネル”が開いてしまったせいか、やけに体が動かしやすい。
思ったとおりの場所に思ったように体が動く。
自分の胸の鍵穴を空けるたびに、急に体が別の物になったかのように、何でもできるような気がしてくる。
都合よく、日常生活を送ったり、人を殺したりと、自分をコントロールするための単なる自己暗示のようなものだとは分かっているのだが、
鍵を開けたときに感じるあの解放感はたまらない。
今や、あれほど嫌いだった鍵を開ける音が、最高に耳障りのいいものに感じるようになった。
十分に接近すると、カップルの内の、女に覆いかぶさろうとしていた男の肩を叩く。
男がぎょっとして振り向く。


262 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:29:01.85 ID:eOnXgA+v0
その時にはもう、僕はナイフを頭上高く掲げていて、ツンも後ろに続いている。
男の顔が驚きと恐怖にこわばる。
そう、その顔が見たかった。
だが、ナイフを振り下ろそうとしたところで、何か忘れているような気がして、その手を止める。
そう、何か忘れている。
今日は何か言わなければいけないような・・・。
男の方が、伺うように僕の顔を注視する。
そこで、やっと答えに思い至った僕は、笑顔をさらに深めて言った。

「メリークリスマス。」

ナイフを振り下ろした。
僕が男の方を殺して、ツンが女の方を殺した。
一緒に”狩り”をするようになってわかったが、ツンの殺し方は巧妙だ。
体の動かし方も僕等よりもよっぽど上手いし、殺した後も色々考えているようだ。
僕らは、一人一人殺すごとに、違った殺し方をする。
腹を裂いて腐敗を早くする時もあれば、集団に見せかけて殺す時も、単独犯に見せかけるときもある。
猟奇殺人にみせかけて体の一部を別の場所に捨てる事もあるし、強盗目的にみせかけて金目のものを奪うときもある。
今日は強盗目的に見せかけるため、金目のものを漁り、さらに集団の犯行に見せかけるために、色々な凶器を使って死体を痛めつける。
僕がナイフで袈裟切りにバッサリやってやった男も、後からそこら辺に落ちていたコンクリのブロックで殴ったり、メスで丁寧に、綺麗な傷を作ってやったりした。
ともかく色々なことをしておけば、調べる側がどんな風に深読みしてくれるかわからないので、こうやって色々な可能性をばら撒いておけばいいのだとツンは言う。
聞けば、ツンは2ちゃんねらーになってからもう五ヶ月経つのだと言う。
まだ2ちゃんねらーになって一ヶ月も経ってない僕とでは経験が違うのだろう。


263 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:29:21.31 ID:eOnXgA+v0
やがて、作業を終えると、僕らは路地裏から外に出る。
僕はバタフライナイフを折りたたんで、腰のベルトにさげてあるフェルトの鞘に戻す。
続いて、作業に使ったメスもしまおうとして、そのメスを眺めているツンの視線に気がついた。
続いて、ツンは自分の右手に握られたメスを見る。

「おそろいだね。」

ツンが笑いながら、メスをしまった。
僕らは微笑みながら人通りの少ない道を選んで深夜の町を歩いた。

「内藤、見て。」

ツンが立ち止まって空を見上げる。
僕もつられて顔を上げると、天から僕らに降り注ぐ物があった。
雪だ。

「ホワイトクリスマスかお。」

見た感じ、粉雪のようだ。
少し、積もる事になるかもしれない。
僕らは再び歩き出した。
雪が降るだけ合って、流石に寒い。
ツンの手がぶるりと震えるのが見えた。
僕らの手は、自然とつながれていた。





第七話・完



266 :無糖栄助 ◆HOKURODlk6 :2006/02/23(木) 18:35:35.00 ID:eOnXgA+v0
13話予定


268 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/23(木) 18:38:42.78 ID:v3r8YutQ0
丁度アニメの1クールと同じだ


269 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/02/23(木) 19:05:06.50 ID:Sw87Elyj0
読んでる間文字通り息をするのを忘れてしまう
背中をぞくぞくしたものが走り抜けていくよw



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